二十四回目の公判を迎えた傍聴席は人で埋まった。今月一日、神戸地裁一〇一号法廷。原告の一人、高木たねさん(48)の最終陳述が始まると、法廷のざわめきが消えた。
「自然海岸を壊す愚かな行為が繰り返されないための判決を求めます」。背中はかすかに震えていた。
神戸・須磨海岸の約二ヘクタールの埋め立てをめぐり、住民らが神戸市長に工事費返還を求めた「須磨浦訴訟」。養浜事業に伴い漁船だまりなどを整備する埋め立てが完成するなか、環境権や自然享有権を争う訴訟は提訴から五年ぶりに結審した。
九二年以降続けてきた海水採取では、有機汚濁を示すCODが徐々に上がり、「潮流変化で水質は悪化している」と指摘する。
一方の被告の市側。「埋め立ての影響はない」(港湾整備局)とする根拠は、隣接する須磨海水浴場の水質調査などで、応酬は最後までかみ合わない。
「九三年秋の市長選が終わると、気兼ねがいらないとばかりに本格的な工事が始まり…」。陳述は途中、前回神戸市長選にも言及。報告会では、「周辺でも開発計画が進んでいる。今度の市長選を前に、市はまた情報を明らかにしない」と批判が上がった。
◆
悪化か改善かをめぐり数値の論争が繰り返される。環境問題で是非を争う議論は、神戸製鋼所が同市灘区で進める石炭火力発電所計画でも本格化する。
後藤隆雄神大助手(環境計量士)は春以降、市民グループとともに十数カ所で大気を監視する。「汚染はすでに沿岸から六甲山ろくに広がる。発生源増設は認められない」と言う。
これに対し神鋼は、既存施設の廃止や環境設備新設で「住民が受ける硫黄酸化物濃度などは現施設より少なくなる」と強調。地球温暖化の要因とされながら、環境基準などのない二酸化炭素は膨大な量を排出するが、「余剰エネルギー活用などで地球規模では発生抑制になる」と切り返す。さまざまに”理論武装”された環境影響評価書案は来春にも市などに提出される。
◆
石炭火力が大気への市の判断を問うなら、同時に進む神戸空港計画では、海に対する市の判断が問われようとしている。その判断を占う海域環境保全計画が今、市内部で検討される。
三月、空港計画に事実上の国のゴーサインが出た港湾計画の変更承認で、最大のハードルとされた環境庁が「埋め立てやむなし」の意見に傾いた背景に、この環境対策があった。
計画では、下水の高度処理にはじまり、傾斜が緩やかな石積み護岸を計四十五ヘクタール整備。埋め立て用に港のヘドロ百二十万立方メートルを使う。ヘドロのしゅんせつ規模は従来全国で実施された規模の十倍を超える。
二〇二五年までに投入されるこれらの費用は約三千億円。市は国の補助金を活用する計画だが、市民に「三千百億円」と説明してきた空港建設費は、環境を含めた関連経費を合わせ倍増する計算になる。言い換えれば、空港建設が前提で、破格の環境対策が着工へのハードルを越える条件に差し出された格好だ。
環境改善にどれほど寄与するのか。環境庁は「開発によるマイナスを補って余りある」としながらも、「効果を数値で表すのは困難」と説明。「環境創造」と銘打った計画が、国との交渉の落としどころになった。
「地域に住んでいる人々の実生活に即した環境に関する情報や(人々の)価値判断は極めて重要である」。現在開会中の神戸市議会にかかる環境アセスメント条例案を答申する際、市環境保全審議会は「情報公開」と「住民参加」の重要性をあらためて指摘した。
空港と石炭火力という大プロジェクトを前に、条例の真価が問われるまで残された時間はもうわずかだ。
1997/9/23