全戸数二百戸。うち小中学校に通う児童、生徒がいる家庭は七世帯。「義務教育就学家庭」が三%ちょっとの団地は、残暑の昼下がり、怖いくらい静かだった。
「ほんまに人が住んでるんやろかと思うぐらい、シーンとしたもんですわ…。お年寄りは一日、家の中にいはります」
管理人を任された福島正師さん(59)の話が途切れると、ベランダで鳴くスズムシの声が「リーン、リーン」と高層のコンクリート壁を伝った。
「灘北第二住宅」。神戸の旧市街地に完成した最初の災害公営大規模新築団地は、JR灘駅の北東にある。中庭を囲み十四・七階が「ロ」の字型につながる。
一般住宅二百戸は中高層にあり、六十歳以上が居住者に占める割合は二三%。高齢化率にあてはめても、市内平均より一〇ポイントは上回る。さらに低層階に要介護の高齢者、障害者が住むシルバーハイツ九十戸がある。
五月末の入居から三カ月半。まだ自治会はない。七月に市が呼びかけた集会でも共益費を決めるのがやっとだった。
「避難所や仮設住宅では、結束しないと前に進めないムードがあった。でも、ここではみんな落ち着いてしまって…。生活再建スタート、という盛り上がりはないですね」。数少ない壮年層として、自治会結成を目指す同住宅の森田秀明さん(42)も意気は上がらない。共益費徴収や共有部分の清掃も、福島さんら数人の有志が引き受けた。
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「仮設住宅はまだ把握が容易だった。一般住宅に分散し、高層の鉄扉の向こうに移った人たちをどうフォローしていくか」
被災者支援をまとめる神戸市生活再建本部は「恒久住宅へのソフトランディング」を模索するが、コミュニティーの形成、地域の受け入れ態勢、ボランティアとの連携…と課題は山積みのまま。着地点は容易に見えそうにない。
過去最大規模、一万七千戸の公的賃貸住宅一元募集を今月二十六日に控え、市住宅局は「灘北の状況はまだまし。公営住宅への移行が本格化すれば、もっと極端な高齢住宅が出現してくるだろう」と予測する。
避難所から仮設住宅、そして災害公営住宅へ。高齢化率が引き継がれる伏線には、被災高齢者らの優先入居を重視せざるをえない震災対策が横たわる。募集段階での「弱者優先枠」、仮設住宅解消を目指した「仮設住宅優先枠」を取った段階で、高齢者集中は避けられない結論だった。
「コミュニティー優先枠」。同局がそう名付け今回募集から導入する新制度は、児童・生徒がいる世帯の優先入居を目指す。入居世代のバランスを図り、コミュニティーの担い手を確保する狙いだが、しかし足かせは解けない。旧市街地での戸数確保という命題の前に、三・四人家族向け2、3DKの数は限られ、新制度適用も限界をみせる。
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震災前の課題を顕在化させ、前倒しの形で訪れた超高齢社会の断面。それは二〇一五年に高齢化率二五%を超えるとされる兵庫県の縮図でもある。
シルバーハイツ向けに生活支援員を派遣する市保健福祉局は八月、一般住宅も対象に高齢世帯支援員を発足させたが、一人で百人を想定した対象世帯は、早くも旧市街地で突破した。
安否確認だけで手いっぱいという現状は、目の前に現れた「二十年後の現実」に戸惑う行政の姿をみせつけ、確実に迫られる将来の都市政策の不透明さにもつながっている。
1997/9/21