若者たちがマイクを持つリーダーに詰め寄り、夜遅くまで議論していた。熱気に気おされそうになった。
「東京から来た。じかに被災者の世話をさせてほしい」「物資管理や炊事も大事な仕事。身勝手は慎んで」
神戸市長田区御蔵通のプレハブ小屋にあった非政府組織(NGO)「ピースボート」のボランティア基地。二カ月間に全国から千人が集まった。
仕事は多岐にわたった。避難所で被災者を支援するほか、生活情報紙の発行や物資の輸送…。だが、「被災者を助けたい」一心の若者の中には、チームで動くことに当惑し、去る者もいた。
リーダー役だった西宮市出身の山本隆さん(33)は、「大勢で活動するには仕事を割り振る知恵が必要だった」と言う。先走る思いが空回りし、被災者に迷惑をかけたこともあった。
しかし、そうした経験が、その後トルコや台湾で起きた地震の支援に生かされた。「神戸で強くなりました」。そう話す山本さんにとって、神戸は原点だ。(写真部・三津山朋彦)
2004/1/14