震災から一カ月が過ぎ、焼け跡で重機がうなっていた。聞き慣れたベルの音が、無機質な世界を一転させた。
がれきの中、道端に立って黒電話の受話器を握り締める女性がいた。一心に話し込んでいた。
道の反対側、神戸市長田区水笠通で夫と電器店を営む小谷富美子さん(60)。店舗は焼失したが、「こんな時こそ生活道具を買いに来る人がいるはず」と、テントで商売を再開していた。
まだ、携帯電話は普及していなかった。復旧工事をする業者に頼み込み、電柱の電話線に接続してもらった。黒電話は焼け焦げたいすの上に置き、呼び鈴が響くようにと、バケツをかぶせた。
「友人や得意先が安否を気遣い、ひっきりなしにかけてきてくれた。人のつながりってすごい。元気をもらいました」
七年前に元の場所に再建した店舗は、区画整理事業のため取り壊し、十メートル北側に建て直すことになっている。
「でも、慣れ親しんだこのまちで頑張らないとね」。黒電話を見るたび、力がわいてくる。(写真部・岡本好太郎)
2004/1/15