強い西風が吹き付ける。約10年ぶりに訪れた漁師町は、すっかり姿を変えていた。
淡路市富島。拡幅された道路が中心部を貫き、区画ごとに真新しい住宅が立ち並ぶ。「網道(あみみち)」と呼ばれる細い路地が重なり合う面影はない。
「街並みはきれいになったが、人は減った」。出会った人たちが口々に言う。
15年前のあの日、古い木造家屋がひしめき合っていた富島を激震が襲った。死者26人、建物の8割が全半壊した。その後の復興区画整理事業。まちの姿は再び一変する。
消防車、救急車も入れない網道は防災上の理由から解消され、幅約4メートルの道路が碁盤の目に走る。家屋はすべて道路沿いに並ぶ。
事業が長引いたため、多くの住民が再生に見切りをつけて富島を去った。所々に更地が残る。家屋の倒壊後、家主が再建をあきらめて、土地を所有したまま別の場所に移り住んだからだという。
再建がなった家を見る。地元工務店が手掛ける昔ながらの在来工法と、プレハブなどの工業化住宅が交ざる。新しくても、屋根だけは地場産業である瓦を載せている家が多い。さりげないこだわりが、風景を守り、創(つく)り出す。
まちと道は大きく変わった。昔も今も変わらないのは、瓦屋根と、それをなでる潮風だけ。(長沼隆之)
2009/12/15