旧耐震住宅の耐震化は、国が進める「啓発」と「補助金」の両輪で目標の90%(2015年)を達成できるのか。新たな制度を提案する東京大生産技術研究所の目黒公郎(きみろう)教授(51)は「今の仕組みでは、国民の『やる気』を引き出せない。発想の転換が必要だ」と訴える。真意を聞いた。
■阪神・淡路大震災の当日、神戸に駆け付けた。
米ノースリッジ地震から1年。日米の地震研究者がシンポジウムのために大阪に集まっていた。地震への警戒心が薄い関西にメッセージを発しようとした日、地震が起きた。
被災地を歩き回り、監察医から死因の説明を聞いて確信した。死者の9割は発生14分以内に亡くなっており、救出の時間はない。家の耐震化こそが防災の核心だと。
■だが、耐震化は進んでいない。
一番の問題は災害イマジネーションの欠如だ。政治、行政、マスメディア、市民。いずれも巨大地震が起きた場合、国や地域、自分はどうなるかという想像力が足りない。
例えば、いくら津波の避難路を整備しても、津波の前に地震で家がつぶれては元も子もない。今の防災は備蓄や帰宅困難対策など、生き残った人の発想でやっている。そうではなく、死者の声に耳を澄ますべきだ。
彼らは「何よりもまず、地震に強い家に住め」と言うはずだ。
■今の制度の問題点は。
首都直下や南海トラフ巨大地震が相次いで起きれば、最悪の場合、35万人が死亡、300万棟が全壊・焼失し、GDP(国内総生産)の約6割を失う。事後対応のみで復旧・復興はできない。
最近の震災を例にすれば、住家が全壊すると、がれき処理、仮設住宅の建設と撤去、被災者生活再建支援法などで1世帯当たり1千万円超の公的支援が必要になる。自力再建できない世帯への復興住宅費はさらに1300万~1500万円。被災後の支援をいくら充実させても被害は抑止できないし、確実に財政破綻する。
■どうすればいい。
事前の努力が必要ない一律支給の制度では耐震化の「やる気」を引き出せない。自助を大前提にした制度の組み替えが必要だ。
まず、住宅を耐震化(自助)したのに被災した場合に限って手厚くケアする制度(公助)を創設する。
さらに、耐震化の工事をする際に1万~4万円を積み立てれば全壊時に1千万円程度を支給するオールジャパンの新共済制度(共助)をつくる。
耐震化が進めば、全半壊世帯と国の支出は大幅に減り、試算では公助と共助を合わせ全壊で2千万~3千万円を支給できる。生活再建が可能な額だ。
耐震化住宅に限り、地震後の火災被害を補償する新地震保険があれば、より安心だ。
■耐震改修工事の平均額は150万円。国と自治体の補助で半額程度になるが、それでも出せない人がいる。
行政は、耐震化が進まない理由にお金の問題を挙げるが、本当にそうだろうか。
例えば、自動車は任意と強制二つの保険があるが、多くの人が進んで加入するのは、事故の悲惨さをイメージできるからだ。
■日本損害保険協会によると、今後30年間の発生確率は、自動車事故で死亡の0・2%に対し、震度6弱以上は太平洋岸の広い範囲で26%以上だ。
自動車1台と耐震化の経費は同程度かそれ以下。命を守る出費と考えたら出せない額ではない。
それでも負担できない人は、別の救済枠組みを考えればいい。国が財政破綻すれば、弱者は確実に切り捨てられる。耐震化しなければ救済されない-という制度に改め、国民の意欲を引き出す工夫がいる。
(木村信行)
▽めぐろ・きみろう 1991年、東京大学大学院修了。2004年、同大教授。07年、同大生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター長。中央防災会議専門委員などを歴任。専門は都市震災軽減工学。
〈連載を終えて〉
なぜ旧耐震住宅の耐震化は進まないのか。古い家に暮らす高齢者に聞くと、こんな意見が多かった。
「子どもたちは独立して、もう帰ってこない。未来のない家にお金をかけてもねぇ」
ある研究者は「問題の本質は日本の核家族化だ」と指摘する。子や孫のため、と思えば耐震化はもっと進むだろう。私も、大地震の可能性がある山崎断層のそばに母(70)がいる。築40年。耐震化を勧めるが「いいのよ。この家は私で終わりだから」と言われると、二の句が継げない。
耐震工事をした高齢者は「あと10年、20年、安心して暮らせるだけで全然違う」と言った。私もまずは、実家で無料の耐震診断をしようと思う。
阪神・淡路大震災で多くの犠牲者を出した長屋、文化住宅も耐震化が遅れている。借家人はどうすることもできず、家主も一戸建てに比べ負担が大きい。
複雑に絡み合う問題の処方箋を描くのは容易ではない。だからといって先送りすれば、大地震が起きた後の結果は見えている。
災害は弱い者に厳しい。行政任せにせず、みんなで知恵を出し合いたい。(木村信行)
2014/9/6