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絶たれた命 関連死を追う

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原発事故による農産物の出荷停止を知らされた後、命を絶った樽川久志。今年に入り、市が関連死と認めた=福島県須賀川市
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原発事故による農産物の出荷停止を知らされた後、命を絶った樽川久志。今年に入り、市が関連死と認めた=福島県須賀川市

原発事故による農産物の出荷停止を知らされた後、命を絶った樽川久志。今年に入り、市が関連死と認めた=福島県須賀川市

原発事故による農産物の出荷停止を知らされた後、命を絶った樽川久志。今年に入り、市が関連死と認めた=福島県須賀川市

 「福島の百姓は終わりだ」

 東京電力福島第1原発で水素爆発が起きた2011年3月12日。福島県須賀川市の農業、樽川久志=当時(64)=はテレビ映像に、そう漏らした。

 土づくりにこだわり、生産したキャベツは学校給食にも使われていた。同市は原発から内陸へ約60キロ離れているが、爆発の11日後、キャベツの出荷停止の連絡が樽川の元に届く。

 自宅のそばで命を絶ったのは、その翌朝だった。

 「あまり話さなくなり、吐き気も訴えていた。思えば、それがサインだったのか」。農業の後を継ぐ次男和也(39)は振り返る。地区の副区長を務め、野菜の種をインターネットで購入する研究熱心な父だった。亡くなる直前、和也に農業を勧めたことを悔い、「お前を間違った道に進ませてしまった」と漏らした。

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 樽川の死は「震災と関係がない」として当初、関連死と認められなかった。だが今年5月、和也の訴えでようやく須賀川市が認定した。

 災害後の自殺は、阪神・淡路大震災でも深刻な課題とされた。

 神戸市では震災翌年、自殺者が減少したが、その後増加に転じ、震災3~5年後は人口10万人当たりの自殺率が全国を上回った。不況の影響で全国的に自殺者が増えた時期だが、神戸は生活再建の停滞期とも重なった。

 ただ、自殺が関連死と認定されるハードルは高い。阪神・淡路では、死者数6434人に自殺者は含まれていない。各市が独自に認めたケースは17例あるが、国は当時、災害死と認めず、実態は今も分からないままだ。

    ■

 神戸市兵庫区の久保忠昭(65)は、父忠三=当時(74)=の自殺を長年、胸の内に秘めてきた。

 母の玉栄=当時(75)=は、同区中道通で全壊した自宅に埋もれ、亡くなった。父は、千葉県の長女宅に避難後、被災した忠昭一家と神戸市北区で仮住まいを始めた。命を絶ったのは、震災4カ月後のことだ。

 日中は家族が外出し、一人で過ごすことが多かった。酒量の増加が気になっていたが、「まさか、という感じだった」と久保は言う。

 「忘れたい」と思っていた。だが、震災の11年後、姉の提案で神戸・三宮の「慰霊と復興のモニュメント」に「遠因死」として父の名を刻んだ。公式の死者数には含まれないが、肩の荷が下りた気がした。

 「何年経っても、名を刻みたいという人がいる限りは続けてほしい」と久保。そうすることで新たに語られる震災の姿があり、癒やされる遺族がいると思う。

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 東日本大震災では、震災関連の自殺が今年7月までに130人に上る。福島県は増加傾向にあり、深刻さが際立つ。

 「地道な啓発や、医療とメンタルヘルス機関の連携。対策はその積み重ねしかない」。兵庫県こころのケアセンター長、加藤寛(56)は言う。

 防止は簡単ではない。だが、災害後、必ず目を向けるべき問題と捉え、遺族への支えも長い目で考える。その努力が次代の対策につながる。

=敬称略=

(磯辺康子)

=第4部おわり=

2014/9/23

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