2013年春。神戸市長田区の自宅で、長尾政三(まさみ)さん(66)は途方に暮れていた。
阪神・淡路大震災後、男手一つで育ててきた長女の美幸さん(27)が、「結婚したい」と相手を連れてきた。内装業を営む6歳上の早川文章さん(33)。寡黙だが、優しそうな青年だ。
美幸さんは05年春、兵庫県立舞子高校環境防災科を卒業。その後、会社勤めなどをし、友人に紹介され、文章さんと知り合った。「父や兄のことが大好きだけど、自分も理想の家族をつくりたい」と思いを募らせた。
美幸さんは小学2年のときに母裕美子さん=当時(43)=を大震災で亡くした。3人きょうだいの末っ子。2人の兄が家を出た後、ここ数年は政三さんとの2人暮らしが続いていた。
「結婚に反対はせんけど、つらいなぁ…。妻なら、何と言うだろう」。政三さんは心の中でつぶやいた。
そんな言葉をのみ込み、「美幸ちゃんを幸せにしてあげて」と伝えた。その後、政三さんは1人で居酒屋に行き、浴びるほど酒を飲んだ。
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美幸さんは、父と暮らした家から新居へ引っ越しする前、兄の貴幸さん(35)、誠さん(32)と相談して安全装置付きのガスこんろを政三さんに贈った。「1人暮らしで火を消し忘れたら大変だから」と気遣った。
「そんなん大丈夫やけどな」と笑う政三さんを、美幸さんはほぼ毎月訪ねた。建築現場を飛び回る文章さんも、仕事帰りに顔を出した。
ほどなく、美幸さんは妊娠。家族がいたわってくれたが、つわりが重く、初産や子育ては不安ばかり。「お母さんがいたら、聞きたいことがいっぱいあるのに…」
昨年5月21日未明。自宅で陣痛が始まり、美幸さんはすぐに病院へ。仕事を休んで分娩(ぶんべん)室まで付き添ってくれた文章さんの手を握って11時間、出産の痛みに耐えた。
午後3時半、2890グラムの長男、結(つなぐ)ちゃんが誕生。誕生の瞬間に元気におしっこをして看護師を笑わせた。名前は生まれる前から「つなぐ」と決めていた。
「母になる夢がかなった」。小さな命をそっと抱く。文章さんはそばで黙って泣いていた。
産後、病院で思わぬ再会があった。小学生のころ、仮設住宅でいつも一緒に遊んでいたお姉さんがいた。1日早く男児を産んだという。
「うそー。すごい偶然」「いつ退院するの?」。話が弾んだ。母はいないけど、大切な人と人のつながりがある-。美幸さんから子育ての不安がぱっと晴れた。
(岩崎昂志、宮本万里子)
2015/1/23