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倉本聰との出会いが清野菜名を変えた(撮影:石井隼人)
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倉本聰との出会いが清野菜名を変えた(撮影:石井隼人)

清野菜名(26)のアクション歴はちょうど10年。12本の短編からなるオムニバス映画『DIVOC-12』(10月1日公開)の一編『死霊軍団 怒りのDIY』でも、筋金入りの戦うヒロインぶりを披露している。しかしそんな得意分野が足枷になることも、かつてはあったという。

映画デビューから立て続けにアクションを要求される役どころが続いたために、清野についたイメージはアクション女優。芝居に対する苦手意識も手伝い、いつしかネガティブに。でも、ある人との出会いが気持ちを一変させた。その人こそ、名脚本家・倉本聰(86)である。

アクションは自分にとっての最大のセールスポイントだと清野自身も自負している。ゆえにアクション演技が必要とされないとき、持つべき武器を持たずに素手で挑むような不安を覚えたという。しかも形のあるアクションと違い、芝居とは正解のないものでもある。

「アクションだとバク転、側宙などすべてにおいて成功した時の形があります。でも普通のお芝居は十人十色で正解がなく、形もなければ数値もない。その“正解!”というハンコがないことが不安で、アクションのない作品に呼ばれたときに自信を持つことができませんでした」と葛藤を打ち明ける。

アクロバティックなアクションを体得できる素質と勘があるだけに、学生時代は勉強もスポーツもやればそれなりにできる器用なタイプだった。「なのに芝居だけができない。できないというか、納得のしどころがない。ずっとモヤモヤ。人生で初めて“できてないじゃん!”という壁にぶち当たった感覚でした」とスランプに陥った。

■■自分自身を見直す大きなきっかけ

そんな中で出会ったのが、脚本家の倉本聰。清野は倉本が脚本を執筆した連続ドラマ『やすらぎの刻~道』(2019年~2020年)にメインキャストの一人として出演。『北の国から』など日本独自のホームドラマ文化を作り上げてきた名匠は、瑞々しく情熱に溢れ、ドラマ作りに対しての熱力が驚くほどに高かったそうだ。

「アクションでしか自分は需要がないと諦めの気持ちでいたとき、倉本さんから様々なお話を伺いました。それは芝居の作り方から、倉本流ともいえる役作りであるとか、沢山教えていただきました。倉本さんのお考えを聞く中で、自分もアクションだけではなくお芝居でも頑張ろうと思えたんです。それまでは諦めているところもありつつやっている部分もありましたが、芝居やドラマに対してこんなに熱い思いを持った方がいるのかと驚いて。自分自身を見直す大きなきっかけになりました」とリスペクトしきりだ。

人生においてもキャリアにおいても大先輩にあたる名匠との出会いと刺激。清野は以前にもまして活発になった。新型コロナウイルス感染症の影響を受けているクリエイターらが継続的に創作活動に取り組めることを目的としたオムニバス映画『DIVOC-12』の意志への共鳴も、偶然ではあるまい。

女優を夢見ていた高校時代からの「ハリウッドのレッドカーペットを歩く自分の姿を寝る前に妄想する」というルーティンもやめた。「夢を叶えるのに必要なのは行動力。自分から動かないと人にもチャンスにも巡り合えないし、夢に近づける場所に自分から向かわないと掴めるものも掴めない。想像できるものは形になると言われているので想像は続けたいですが、妄想しているだけではダメ。そんな当たり前のことにようやく気付けました」と夢見る少女からの脱皮を宣言。出会いは人を大きくさせて前進させる。清野菜名はそれを体現している。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)

2021/9/21
 

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