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小さな娘の存在が、「人間」としての支えになった(写真はイメージです)=ponta1414/stock.adobe.com
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小さな娘の存在が、「人間」としての支えになった(写真はイメージです)=ponta1414/stock.adobe.com

仕事を持ち、愛する人と結婚して、宝物のような我が子を授かる…。端から見れば「幸せの絶頂」とも見えそうな瞬間に、心を病み、仕事を失ってしまったら?それが、ぼくです。妊娠が分かった直後にうつ病で無職になった男が、フリーランス兼主夫を目指すも挫折し、紆余曲折の末に障害者として生きることを決めるまでをつづります。(全5回の3回目)

■小さな命が、ぼくを救ってくれた

うつ病になってしまうと、全てのことが億劫になってしまいます。例えば、お風呂に入るのもひと苦労ですし、食事にも興味が湧きません。生活リズムもバラバラです。娘が生まれるまでは、一日中ベッドやこたつの中で過ごして、生産的な活動ができない日が続いていました。端から見れば怠惰そのものかもしれません。でも、動こうとしても、動けない。気力が出てこない。それがこの病気なのだと、自分がかかって初めて分かったのです。

ですが、そんな生活も、娘が産まれてからは一変しました。ぼくはうつ病であることを忘れたかのように、娘のお世話をしました。沐浴をしたり、ミルクを作ったり、ゲップをさせたり、抱っこであやしたり、おむつを替えたり。娘が本当に可愛くて、お世話をすることに喜びを感じていました。

汚い体で娘を抱っこする訳にはいかないと思い、ぼく自身もしっかりお風呂に入りました。風邪を引いたら娘に移してしまうので、食生活や生活習慣も見直しました。うつ病になり、自分の生活すらままならなかったのに、それがまさか子どもの世話ができるような活動ができるようになるなんて…そんな自分に驚きました。ぼくは生まれたばかりの娘に、人間らしさを取り戻してもらったのです。

■「新しい人生のスタート」のはずが…

自分の生活の見直しや娘のお世話、家事をしていると、様々な感情が入り混じっていました。家族への感謝、強い責任感、将来への焦り。そんな感情と付き合いながら、新しい人生のスタートを決意し、フリーランス兼主夫としての生活を始めたのです。

主夫としての仕事は、さほど苦痛ではないように考えていました。一人暮らしの経験がありましたし、奥さんと二人暮らしの頃も難なくこなせていたからです。問題は、うつ病の影です。うつ病というのは、先の見えない病気。今日調子が良くても、明日寝込んでしまうこともあります。日内変動というものがあって、朝調子が悪いけれど夕方になると活動できる…ということも日常的です。

この傾向が、主夫の生活とミスマッチを起こしてしまいました。子どものいない夫婦二人暮らしなら、洗濯物が多少溜まっていたり、掃除が少しぐらいできなくても問題はありません。食事も、時間がなければコンビニや外食で済ませていました。しかし、赤ちゃんがいる生活ではそうもいきません。赤ちゃんの衣類は毎日洗濯しなければいけませんし、掃除もしっかり行う必要があります。また母乳のことを考えると、栄養バランスの良い食事を心掛ける必要があるでしょう。小さな子どもを連れての外食も、なかなか難しいものがありました。「そこまで徹底する必要はない」と感じる方もおられるかもしれませんが、初めての子育てなので夫婦共に神経質になっていました。

■主夫には「逃げ場」がない

うつ病を抱えながら、主夫としてこれらの家事を完璧にこなそうと意気込むほど、体と心は重くなります。朝起きなければいけないのに、起きられない。日中に家事をしなくてはいけないのに、体と気持ちが追いつかない。またぼくは睡眠障害も持っているので、睡眠薬を飲まなければ寝られません。そして一度眠ると、薬の影響で夜中に起きることができないのです。赤ちゃんの泣き声に気付くことができないので夜泣きの対応はできず、すべて奥さん任せになってしまいます。それで奥さんは消耗し、常に睡眠不足の状態になっていました。

ぼくはぼくで、うつ病の闘病と家事、フリーランスとしての仕事、将来への焦りや不安などで落ち込みがちになり、お互いにイライラすることが増え、次第に夫婦の関係も悪くなってしまいました。明るい幸せな家庭を思い描いていたのに、現実は、暗くギスギスした生活になっていきました。

主夫は、毎日が仕事です。しかしうつ病のせいで「毎日必ず決まったことをする」という基本的なことができないのです。完璧にこなすことが最低限の「仕事」だと思っていたので、常に緊張状態で、それができない自分を自己嫌悪するばかり。会社なら、休むことも辞めることもでき、家に逃げ込めます。でも主夫には、逃げ場がない。自己嫌悪はもちろんうつ病にも影響を与え、ぼくの調子は悪化するばかりでした。

子育ての難しさを痛感すると共に、主夫という仕事を侮っていました。うつ病でも主夫ならできる…そんな考えは甘かったと痛感したのです。

■娘と仕事が与えてくれた、かすかな希望

今思えば、夫婦が常に一緒にいるという状況も良くありませんでした。奥さんは育休を取っていたので、どちらかが働きに出かけている訳ではありません。朝から晩までずっと顔を合わせておくことになります。そこに子育てという大きな仕事がプラスされるので、気持ちを発散する機会が少なかったのでしょう。

また、奥さんにうつ病の相談をしにくくなったということも、ぼくの気持ちをマイナスにしました。奥さんは子育てで忙しく、精神的にも体力的にもしんどい状態でした。そんな時にぼくのうつ病の相談で、時間や気力を取らせるのが申し訳なく思ってしまったのです。悩みを相談する相手もいないぼくは、孤独な闘病を続けるしかなかったのです。

それでも、良いこともありました。まず、初めての我が子がとても可愛いこと。お世話をすることは苦ではなく、愛おしさを感じていました。このおかげで、うつ病の落ち込みを少し緩和できていたように思います。それから、フリーランスとしての仕事が段々と順調になり、多い時で月に20万円程度稼ぐことができたのです。最低でもコンスタントに10万円以上稼げていたので、もしかしたらこのままフリーランスとして生活できるかもしれない…そのような期待を抱けていたのは、辛い闘病生活の中でも数少ない救いのひとつでした。

また、将来の見通しもある程度できるようになりました。奥さんの育休が終われば、奥さんは職場へ通勤することになります。それでお互いが適度に離れる時間を作れるので、関係性もそれで修復するのではないかと考えていたのです。

フリーランス兼主夫の道は思ったより険しいけれど、今を我慢すればきっと良い方向に進む。そう信じて毎日を過ごしていました。しかし、主夫としてもフリーランスとしても、現実はそう甘くはなかったのです。

(まいどなニュース特約・かいぞう)

2021/11/13
 

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