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豊田真由子
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豊田真由子

知床での遊覧船の痛ましい沈没事故、亡くなられた方々のご冥福を祈り、行方不明の方々が、一刻も早くご家族の元にお帰りになれるよう願います。

今回のケースでは、事業者のあまりに杜撰な運営状況が明らかとなり、残念ながら、人の生命を預かる事業者であっても遵法意識が低いということが実際にあり、そして、「ルールがあっても、それを守っていない事業者がいた場合に、行政が日々チェックをすることは、事実上難しい」という、深刻な問題点が改めて明らかとなりました。

まず、被害に遭われた方とご家族をケアすること、そして、原因の究明と今後の再発防止といった観点からも、考えるべきことは非常に多くあると思います。

行政で、事業者に対する実効性ある規制の大切さと難しさを痛感していた身として、思うことが多くありますので、上記のような点についても、次回以降、検討してまいりたいと思います。

本稿では、「沈没したKAZU 1(カズワン)の引き揚げ」について、厚労省で、先の大戦の戦没者と遺族の援護事業として、沈没船からの戦没者遺骨収集に携わった経験も踏まえ、法的・制度的・実務的な論点を整理し、考えてみたいと思います。

大前提として、もちろん、もし船内に、行方不明となっている方が確認された場合には、何としても船からお出しして、ご家族の元にお帰りいただけるようにしてほしいと思います。今回論じておりますのは、あくまでもその先の、船体のみについて、深海から引き揚げることについての論点整理、ということになります。

◇ ◇

斉藤国土交通大臣は、5月2日の対策会議で、「船体については、行方不明者の捜索、事故原因の究明、再発防止策の検討といった観点から、民間事業者の専門的な技術を活用しつつ、国交省の総力を挙げて、引き揚げに向けた準備を開始してください」と述べました。

今回、船の調査が8.8億円で行われることになり、さらに今後、船の引き揚げが行われることとなった場合には、通常は数十億円の費用がかかると言われています。

深海からの船の引き揚げは技術的に可能なのか、どこまでが国の任務といえるのか、なぜこれほど高額なのか、かかった費用は遊覧船事業者に請求できるのか、といったことが、メディアで論じられています。

■費用が高額になる理由

まず、今回行われる船体の調査は、「行方不明者の捜索や事故原因の究明」として、海上保安庁の法定された任務として、公費で行われるものですが、高度な技術が必要となるため、その技術を持つ民間会社が実施する、ということになります。

海洋サルベージ(船舶や積荷の救助、沈没船の引き揚げ、油・汚染物質の回収など)は、技術的に大変難しく、特殊な設備を必要とします。また、今回行われる予定とされている「飽和潜水」は、二次災害のおそれや、その後体調に影響が出る可能性も含め、慎重さの要求される危険度の高い作業と言われます。

こうしたことの結果として、サルベージの費用は高額(沈没船の引き上げは、大きさ・重量、深度、海の状況等にもよりますが、通常、数十億~数百億円かかる)になるわけですが、それは日本に限らず、世界的にも同様です。

高度なサルベージに対応できる会社の数は非常に少なく、今回は緊急性もあり、結果として、随意契約(国や自治体が、競争入札によらず、任意に特定の者を選定して契約を締結すること)になっている、という状況にあります。

■「行方不明者の捜索」「原因究明」等は、海上保安庁の法定任務だが、何をどこまで行うかは、状況に応じた行政判断

海難事故の際の行方不明者の捜索や事故原因の究明は、法定された海上保安庁の任務であり、具体的な捜索活動や調査等は公費で行われます。

海上保安庁(国土交通省)は、海上の安全及び治安の確保を図るために、海難救助、海上における船舶の航行の秩序の維持、船舶交通の規制に関する事務等を行うこととされており(海上保安庁法2条1項)、具体的には、海難の際の人命や船舶の救助、遭難船舶の救護や沈没品の処理の制度に関すること、海難の調査に関すること、旅客又は貨物の海上運送に従事する者に対する海上における保安のため必要な監督に関することなどを行うとされている。(同法5条)

「生存者の救援」「行方不明者の捜索」「原因究明」「犯罪の捜査」など、目的によって、「実際になにをどこまで行うか」は変わってきます。もちろん、特に「人の生命や安全」が関わる場合には、可能な限りやれることはなんでもやりたい、という思いで、現場は尽力なさっていると思います。

同じ目的の場合でも、作業の困難度合い、要するコスト、実施によってもたらされる効果などによって、何をどこまで行うかは、状況に応じた「行政判断」ということになります。

船の引き揚げについては、作業の危険度や困難さ、コスト、引き上げによって得られる情報の程度や必要性などによって、判断は分かれるところです。過去の海難事故等でも、船舶の引き上げが実施された場合も、されなかった場合もあります。 

今回のケースは、国が主体的・積極的になっているように見受けられますが、

・被害の大きさ、深刻さ
・運航事業者のあまりのずさんさ
・被害発生の悲惨さ(何の落ち度もない方々が、あまりにずさんな事業者の運航により、被害に遭ってしまった)
・社会に与えたインパクトや注目度・国交省の検査監督とも密接にかかわっていること

等から、国が、より主体的・積極的になっているのだと思います。

■国が引き揚げ費用を負担したケース

国が船の引き上げ費用を負担した例として、(今回のケースとは事情はだいぶ異なりますが)、2001年に自爆沈没した北朝鮮の工作船を、民間のサルベージ会社を使って、海保が約58億円をかけて引き揚げた例があります。このときも、「引き揚げまでする必要があるのか」という異論もありましたが、案件の特殊性もあり、「犯罪捜査のための証拠確保」ということで、最終的に予備費からの支出が行われました。

予備費というのは、自然災害や急激な景気悪化といった不測の事態に、政府が柔軟に対応できるよう、使い道をあらかじめ定めずに毎年度の予算に計上する費用(財政法24条)で、具体的な使い道は予算成立時には決まっておらず、政府が閣議で決めます。今回も予備費が用いられる可能性もあると思います。

財政法

24条 予見し難い予算の不足に充てるため、内閣は予備費として相当と認める金額を歳入歳出予算に計上することができる

■費用を事業者に請求できるか

今回、「船を引き揚げた場合に、国が負担した費用については、事業者に請求する」という話があります。

これについては、法律論としては、まず、海難調査や、業務上過失致死といった犯罪捜査のために引き揚げを行うということであれば、基本的には、それは海保の法定任務として、公費で負担するということになると思います。

また、そうではないとした場合には、海洋汚染防止法上、船舶の海洋投棄は禁じられており、沈没船については、原因者である事業者が責任を取る(=引き揚げる、あるいは第三者が引き上げた費用を負担する)のが原則とされていますので、事業者に請求することとなりますが、技術的に困難な場合は例外とされています(海洋汚染防止法43条)。

過去の事例でも、海洋汚染法上の引き上げ義務を巡って、国と業者側の主張が対立するケースが見られます。

またそもそも、今回の事業者(知床遊覧船)の支払能力として、数十億円の費用の支払いが可能であるのか、というところも疑問があります。

海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律

(船舶等の廃棄の規制)

第四十三条 何人も、船舶、海洋施設又は航空機を海洋に捨ててはならない。ただし、海洋施設を次条第一項の許可を受けて捨てる場合又は遭難した船舶等であつて除去することが困難なものを放置する場合は、この限りでない。

◇ ◇

観光船に限らず、海、空、陸、どこでもそうだと思いますが、交通に携わる事業者の方々は、利用者の大切な生命と安全を預かっているという使命感と責任感を持っていただき、また、私たち利用者の側も、安全を守るには一定のコストがかかるということを理解して、行政による実効性あるチェック機能の再構築も併せ、社会全体で、安全確保のシステムを作っていくことが必要だと思います。

亡くなられた方々のご冥福を祈り、行方不明の方々が、一刻も早くご家族の元にお帰りになれるよう願います。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

2022/5/9
 

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