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近鉄特急「あおによし」(美沙 朝田/stock.adobe.com)
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近鉄特急「あおによし」(美沙 朝田/stock.adobe.com)

近鉄は、2022年4月29日から新しい観光特急「あをによし」の運行を開始した。背景として、コロナ禍による観光需要の落ち込みに加え、外出自粛の影響により、近鉄の鉄道事業が営業赤字に陥ったことがある。在宅勤務が定着しつつあることで、定期券収入の回復が期待しづらいが、観光需要であれば、戻りが比較的早いことから、大阪難波や京都から奈良へ向かう、「奈良」を意識した新たな観光特急を運転することで、活路を模索しようとしている。

■内外装で「奈良の和」イメージ

「あをによし」は4両編成であるが、新車を導入するのではなく、2021年11月まで特急として使用されていた12200系電車を、3億3000万円を掛けて改造した。

内外装でイメージしたのは「奈良の和」である。車体の色は、「冠位十二階」で最上位とされる紫色のメタリック塗装を採用し、先頭車両のエンブレムは、正倉院の宝物に描かれている吉祥文様「花喰鳥(はなくいどり)」を、車体の装飾は宝物の図柄をモチーフにしている)。

外観だけでなく、車内も正倉院を意識している。車内でゆったりと過ごせるよう、座席数は4両編成で84席と、従来の12200系電車の3分の1となり、固定式のテーブルに取り付けられた固定式の照明は、正倉院に収納されているペルシャ産の「瑠璃盃」をイメージしている。天井の壁や床の絨毯も、正倉院に保管されている絵画をイメージしている。

「あをによし」は、京都・大阪に来た観光客を奈良へ誘客するのが目的である。「奈良」は、大阪や京都から身近な観光地であり、事実、ダイヤも昼間に京都~奈良間に2往復、大阪難波~奈良を経由して京都間に1往復が設定されるなど、奈良へ観光客を誘致するのに望ましくなっている。

■座席の角度にもこだわり

2人用“ツインシート”は、鉄道車両メーカーではなく、家具メーカーに発注して製造させた特注品である。向かい合わせの座席だけでなく、それぞれの座席が、窓側に45度傾斜した座席の2種類がある。

回転式の座席を採用しなかったのは、奈良で進行方向を変えて折り返すため、回転式の座席を採用すれば、座席を回転させる手間が生じるからである。また窓に対する座席の角度も、30度や60度も実際にシミレーションするだけでなく、テーブルに弁当が載るか否かまで検討している。30度の傾斜では、足元が狭くなってしまう。60度にすれば、隣の人と足が触れてしまうなどの問題が生じた。

45度にすれば足元の広さも確保されると同時に、隣の席の人と足がぶつかり合うこともなく、テーブルに弁当なども載ったという。

家具メーカーに座席の製造を依頼したのは、「今回の観光特急に相応しい家具調のシートでおもてなしをしたい」との思いから、家具メーカーと共同で開発したという。その際、座席のウレタンの硬さなども、数種類の中から選んで、組み合わせたという。

3~4人用の「サロンシート」は、2号車に設けられた半個室風の座席である。「サロンシート」は、本革張りのソファーが用意され、通路側の座席は少し窓側へ傾けるように配置されている。そして眺望を良くするため、窓の大きさを縦1.2メートル、横2メートルの大きさに拡大している。この車両だけが、他の車両よりも窓が格段に大きいことから、西大寺~奈良間で、山焼きで有名な若草山を存分に眺望出来る。柱と柱の部分が太くなったが、その部分には荷物置き場が設けられていた。

3号車は、バリアフリー対応の車両となっており、車椅子を設置するスペースだけでなく、トイレなども、フットボードを備えた車椅子対応のトイレとなっている。そしてバリアフリー化するため、出入口も拡大している。

■JRのサービス改善に危機感も

乗車した感想としては、車内は落ち着いており、かつ正倉院をイメージした内装からも、天平文化も香りが感じられた。薄緑色のモケットは、若草山の芝生をイメージしており、奈良らしさが見事に表現されている。

2号車にビュッフェ・売店を設けられ、「奈良」の地酒や地ビール、スイーツ類、「あをによし」のオリジナルグッズが、販売されている点が評価出来る。車内販売などが不振で廃止される傾向にあるが、コンビニなどの商品と差別化すれば、活路が見いだせることを証明している。

「あおによし」が好評であれば、近鉄は京都~橿原神宮前間にも、新たな観光特急の運転の実施を考えるだろう。また「あをによし」を契機に、南大阪線・吉野線で老朽化が著しい16000系特急電車の置き換えを検討しているだろう。

橿原線沿線には、西ノ京には薬師寺・唐招提寺があり、橿原神宮前には橿原神宮以外に久米寺があるなど、観光特急を運転する下地がある。さらに吉野線と接続することから、吉野・飛鳥方面へ向けた観光需要の掘り起こしに繋がる。

南大阪線・吉野線は観光要素が強く、ビュッフェは不可欠になるが、通勤・通学の要素も多いため、「あをによし」の半室構造のビュッフェ・売店は、今後の参考になると言える。

京都~橿原神宮前にも新たな観光特急が運転され、橿原神宮前で「青のシンフォニー」や「さくらライナー」に次ぐ、第三の特急に接続するダイヤが組まれれば、新幹線で京都へ来た人を、奈良だけでなく、吉野や飛鳥へも誘客出来るため、新たな活路が見いだせると考える。

また近鉄は、運賃の値上げを申請しているが、これが実施されると、以前は近鉄の独壇場であった京都~奈良間の需要も、JRへ移行する危険性がある。事実、JRになってからは、車両も改善させただけでなく、複線化を進めるなど、JR奈良線のサービス改善が進んでおり、近鉄優位が崩れつつある。

近鉄も、「奈良へは近鉄で」や「新幹線から近鉄へ」をアピールするようになるなど、危機感を持つようになった。平城旧跡を通ることは、JRでは真似が出来ず、ある面では居ながらにして奈良観光が可能である。事実、「あをによし」の2号車の“サロンシート”の大きな窓は、奈良の象徴でもある若草山がくっきりと見ることが出来るなど、自社の優位性を最大限に売り出そうとしている。

少しでも奈良へ行く観光客に利用してもらい、客単価も上げたいこともあり、「あをによし」の運行が始まったと言える。

◆堀内重人(ほりうち・しげと) 1967年大阪に生まれる。運輸評論家として、テレビ・ラジオへ出演したり、講演活動をする傍ら、著書や論文の執筆、学会報告、有識者委員なども務める。主な著書に『コミュニティーバス・デマンド交通』(鹿島出版会)、『寝台列車再生論』(戎光祥出版)、『地域で守ろう!鉄道・バス』(学芸出版)など。

2022/5/15
 

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