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幼い頃から母の「通訳」を担ってきたジェシカ(@TEMJIN/RITORNELLO FILMS)
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幼い頃から母の「通訳」を担ってきたジェシカ(@TEMJIN/RITORNELLO FILMS)

「デフ(ろう)になりたい」-。

耳の聴こえない親に育てられた耳の聴こえるコーダ(CODA:Children Of Deaf Adults)の少女がカメラの前でふと漏らした言葉に、ハッとさせられた。

コーダをテーマにしたドキュメンタリー映画「私だけ聴こえる」が全国で公開され、熱い反響を巻き起こしている。第94回アカデミー賞で作品賞に輝いた「コーダ あいのうた」でも注目されたコーダという存在。冒頭の言葉は作品のポスターにもある象徴的な言葉だが、松井至監督は「コーダにとっては自然に出てくる言葉。聴者がこれを聞いてハッとしてしまうこと自体に『耳が聴こえなくてかわいそう』というマジョリティ側が持つ無自覚な偏見の表れがあると思います」と指摘する。

■「音のない世界」と「聴こえる世界」の狭間で

1980年代にコーダという言葉が生まれたアメリカで、コーダのコミュニティを3年間にわたり取材した本作。15歳という多感な季節を迎えるコーダたちが「音のない世界」と「聴こえる世界」の狭間で自分の居場所を探す姿を丁寧に描いている。

家では手話で、外では声で話すコーダは、日常的に親の“通訳”を担っていることも。しかし学校などでは「障害者の子」扱いされ、ろう者からは「あなたは聴こえるから」と距離を置かれてしまう。松井監督によると、コーダは「こんな境遇にいるのは世界で自分だけだ」と感じて孤独を募らせている人が少なくないという。だからこそ、同じ思いをしている人が他にもいることを知り、深い悩みを分かち合えるコーダの仲間たちとのサマーキャンプでは、彼らは無邪気な子供に戻り、ありのままの自分を解放することができる。

「当事者の話を聞くと、自分の境遇に『コーダ』という名前がついていることに驚いたという人がいます。『他の子とは何かが違う』と、もやもやを抱えて生きてきて、その悩みを誰とも共有できなかった当事者が、『自分はコーダだったんだ』と気づくとき、霧が晴れるような感覚になるそうです。この映画は、まだ自分が何者か知らない当事者に『コーダ』を届けようと作りました」

「上映に来てくれるコーダの方もおられますが、自分がコーダであることを隠したい人もいる。映画を見ると辛い過去を思い出してしまうという人も。映画館に来られない方には『いつか時期が来たら見てください』と思っています」

■第一言語が「手話」であることのジレンマ

「ろうになりたい」と言った少女ナイラは、アメリカ中西部インディアナで5代続くろうの家族に生まれた。手話を第一言語として獲得し、「聴こえる体」を持ちながらデフ文化の中で育った。

「聴者の自分からすると、『なぜ聴こえなくなりたいのか?』と不思議に感じましたが、ナイラと話していて、それはマジョリティ側の見方だと気づきました。手話のコミュニケーションは、互いに目を合わせながら表情や体の情報を目で読んでいくとても親密なもの。存在そのものが発している言葉であり、音声や文字よりもすごい量の情報が詰まっていると思えます。ナイラにしてみたら『ろうの世界の方が温かくて居心地がいい』と。そして、自分のことを最も表現できる母語である手話を封じられた“聴こえる世界”は『口だけを動かして目も合わせない冷たい世界』に感じる、と言っていました」

「聴こえないよりは聴こえた方が便利でいいだろうというのは聴者の考え方に過ぎません。コーダと一緒にいるとき、『あの人は言いたいことを言えていない』とか、他者の心情まで視覚情報で察してしまうことがありました。存在の状態を目で読むと言えばいいのか、すごい洞察力です。彼らに倣って目を駆使したコミュニケーションを意識していくと、『言語』でできたこの社会の網目から抜け出ていろんなものが見えてきます。ろう文化に何かが欠けているのではなく、聴者よりも目の認知能力が拡張した世界があるということではないかと思います。私の取材したコーダたちはろう文化で育ったので、『ろうになりたい』という欲望は特別なものではなく、むしろ『なぜ私だけ聴こえる体に生まれたのか』ことの方が不思議という感覚でした」

■コーダの物語を奪わずにコーダの映画を作ること

3年に及んだ取材は、決して平坦なものではなかったという。コーダという知られざる存在を“代弁”しようという思いが強すぎて、ナイラから「私の物語は私のもの」と釘を刺され、松井監督は自分のやり方を否定されたように感じて「叩きのめされた」そうだ。

「僕は人のことを伝えるメディアの人間であり、そのことに誇りを持っていたんですが、そこに潜む傲慢さを15歳の少女に鋭く指摘されました。でも、ナイラが言ったことは正しい。後に日本のコーダの人と話したときには『聴者が作ったドキュメンタリーだと聞いて、自分たちが可哀想な存在として消費されるんじゃないかと警戒した』とも言われました。当事者にとってその心配はもっともだし、それだけ怖いことをしているわけです」

「例えば『コーダ あいのうた』も主人公のコーダを当事者じゃない俳優が演じていることで、評価が分かれました。『聴者向けのエンタテインメント』『自分たちの物語だとは思えない』と感じたコーダも多いと聞きます」

「『私だけ聴こえる』はナイラとのやりとりで制作が止まったこともあり、主人公たちの物語を代弁しない、奪わない方法で作りました。僕はコーダではないし、コーダになれるわけでもない。ただ『一緒にいる』ことは許されている。そのフィジカルな感覚から彼女たちの世界に浸っていきました。彼女たちがドキュメンタリーという場所/機会を使って自分の人生を主体的に進めていく、その周りにただ居て、撮っていただけ、というのがもしかしたら実態に近いかもしれません」

◇ ◇

「私だけ聴こえる」は全国で順次公開中。関西では京都シネマ、大阪の第七藝術劇場で上映しているほか、8月12日からは兵庫県の豊岡劇場で公開予定。松井監督は各地で精力的に舞台挨拶をしており、スケジュールは公式サイトなどで確認できる。

(まいどなニュース・黒川 裕生)

2022/7/23
 

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