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ごのくにのかたち

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篠山市の観光キャッチフレーズ「俺は丹波篠山だ」=篠山市内(撮影・斎藤雅志)
篠山市の観光キャッチフレーズ「俺は丹波篠山だ」=篠山市内(撮影・斎藤雅志)

 ぼたん鍋の本場、丹波・篠山に足を延ばして-。

 昨年末、新聞の広告特集に載った何げない文章に、兵庫県篠山市の酒井隆明市長(63)は顔色を変えた。

 「丹波と篠山の間に『・』はいらないんです」

 「丹波篠山」は、民謡・デカンショ節にも登場する篠山を指す表現。「丹波・篠山」となると、丹波市と篠山市の両方を指す、と酒井市長は問題視する。

 篠山市はいま、「丹波篠山市」への改名を検討している。1999年の市制施行から5年半後、柏原や氷上など6町が合併し、丹波市が誕生した。黒豆や栗、茶葉など、篠山が誇る特産品の数々が、後発ながら「丹波」を名乗る隣接市のものと混同されているのではないか。背景には、いらだちと危機感がある。

 「丹波は全国に通用する偉大なブランド。守るためには丹波篠山市にした方がいい」と酒井市長。「市名変更に使ってほしい」と匿名で1億円を市に寄付する人まで現れた。ただ、反対意見も根強く、市を二分する論争になりつつある。

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 丹波市と篠山市の境にある鐘ケ坂(かねがさか)峠。明治、昭和、平成と150年間に3本のトンネルが掘られたが、旧国名を巡るわだかまりは消えそうにない。

 「篠山の人からすれば、丹波の中心は篠山との意識は根強いでしょう」

 長年、丹波地域の歴史を研究する中野卓郎さん(90)=篠山市=は話す。

 江戸期、篠山藩は徳川家譜代で、城も天下普請で築かれた。丹波市側は外様の織田家が治めた柏原藩など小勢力が入り乱れた。いわば「格の違い」があった。

 明治に入っても、陸軍歩兵連隊の誘致など篠山が中心であり続けたが、戦後、立場は一変する。連隊は消滅。人口は篠山市の4万2千に対し、丹波市は6万5千。国や県の出先機関は丹波市に集中している。

 「その上、『丹波』の名前まで…との思いはあるでしょうな」。篠山人である中野さんは理解を示す。

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 旧国名を巡る確執は、何も丹波に限らない。

 2005年、津名郡5町が合併し、淡路市が発足した。南あわじ市の農業の男性(89)は「将来、島がまとまるために取っておくべき名前を、先に取られた」と悔しがる。タマネギも、ハモも、淡路ブランドを支えてきたのは南あわじ、との自負もある。

 1市10町だった時代から、「淡路島1市構想」は出ては消えた。タレントの上沼恵美子さんを起用した南あわじ市の観光戦略「あわじ国」も、島全体の動きにはならなかった。

 明石海峡大橋が開通して4月で20年。都市と近づいた分、人口減少も著しい。「規模からすれば、島は一つにならないと不幸だ」。淡路市の門康彦市長(71)は「淡路島市」を提唱し、他の2市に呼び掛ける構えを見せるが、壁は高い。

 虎のしまは洗っても落ちない、という。「五国は一つ」のはずが「五国は一つ一つ」に。国の中も。平成の次のみ代には、果たして。(上田勇紀)

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