「ご遺族に対しまして必要な経費を援助させていただくことにいたしました」
五月末から六月にかけ、遺族の元へ阪神高速道路公団の文書が届いた。そこには、新しい支援策が記されていた。
震災後、公団はすべての遺族に香典として十万円を用意した。さらに高校生の遺児には修学資金と卒業時の一時金の支給を決めたが、一層の補償を求める遺族に対し、具体的な答えは示してこなかった。
以来、一年数カ月。突然の新しい支援策では小・中学校の各卒業時と、小・中・高校いずれかの入学時に十万円を支給する。遺族が職業訓練などで生活を再建しようとする場合、最高五十万円まで援助する。また、今秋をめどに慰霊碑を建立して慰霊祭を催す、としていた。
理事長による遺族訪問も始まり、神戸線の全線開通を前ににわかに”遺族支援”を活発化した観がある。会社員の息子を亡くした母親は、どの支援策にも該当していなかったが、文書が届いて数日後、電話連絡を受けた。
「拡大解釈して五十万円をお渡しします。当方に落ち度はないので、これが最後です」。後日、弁護士を通じて正式に受け取りと理事長訪問を拒否した。
「金額の問題ではない。『落ち度がない』という人たちから、お情けの金を受け取ることはできません。残る人生を憎しみを持って生きたくはないが、このままでは息子が納得せんでしょう」
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国家賠償法は、道路や河川など公共の営造物の設置、管理に落ち度があったために損害を生じたとき、「国または公共団体は賠償する責任がある」とする。
後の裁判の指標となった判例がある。一九七〇年八月、高知県内の国道で起きた落石事故の国賠訴訟判決。最高裁は国と県の責任を認め、一つの判断を示した。予想される災害に備えた対策をとっていなかった場合、通常有すべき安全性が欠如しており、「落ち度」といえる、と結論づけたのだ。
阪神高速の倒壊や落橋事故は「予想される災害の対策をとっていなかった」といえるのかどうか。公団は「予想外の地震が原因。道路の設置、管理に問題はなかった」と、一貫して賠償責任を否定してきた。
国井和郎・大阪大法学部長は「災害が予想されていたとはしにくい」と話す。法的には、ある程度限定された地域について予想できたかが必要だが、今回の地震は不可抗力とみなされやすい、と。
「ただし、あくまで冷徹に判断すれば、だ。遺族の立場に立てば『二階建て構造の道である以上、地面を走る道より危険性が増し、高度な安全性が要求される』との論理も成り立つ」
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二十人が犠牲になった北海道・積丹半島の豊浜トンネル崩落事故は、八月十日、発生からはや半年が過ぎた。
北海道開発局事故調査委員会の最終報告は、来月にも出される。しかし、トンネルの場所が適切だったかを調査対象から外すなど、客観性が疑問視されている。一方、北海道警の捜査は長期化する見通しだ。遺族のうち数人は「責任を明らかにして霊前に報告したい」と、建設当時の関係者から聞き取りをするなど、独自の調査を始めた。
こうしたなか、当の北海道開発局は「事故を予想するのは世界の大学者でも無理」と、終始、予見可能性を否定している。
予想できなかった。だから、落ち度はない・。同じ責任回避の構図が遺族の前に立ちはだかる。
1996/8/16