「息子を返せとか、お金を払えとか言うつもりはないんです」。兵庫県西宮市甲子園浦風町、萬(よろず)みち子さん(73)は落ち着いた声で話した。
「でもね、おかしいと思いませんか。そのことを世間の人にもっと知ってほしい」
部屋の仏壇には長男、英治さん=当時(51)=が愛煙していたハイライトが供えられている。マンションの南側の窓からは復旧工事が進み、つながった阪神高速が見えた。約五百メートルの距離。マイクロバスを運転していた英治さんが亡くなった現場だった。
震災の四カ月前の一昨年九月、英治さんとこんな会話を交わしたのを思い出す。テレビには米国のノースリッジ地震(ロサンゼルス地震)で高速道路が倒壊した場面が映っていた。
「毎日、高速を走っていて大丈夫」と聞いたみち子さんに、英治さんが答えた。「日本の技術は世界最高。この何倍の地震でも大丈夫、と学者が言っている」
「それでも壊れたら」
「原因をとことん突き止めてくれ」
英治さんの遺体は無念の形相に見えたという。みち子さんは、建設省の高速道路被災の報告書を四回読んだが、理解できなかった。阪神高速道路公団からの説明も受けたが、「なぜ、倒壊したのか」の疑問は消えなかった。
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一九八九年のロマプリエタ地震(サンフランシスコ地震)、九四年のノースリッジ地震と、米国で相次いで高速道路が倒壊した時、日本の学者は「日本では同じことは起こらない」と繰り返した。
ロマプリエタ地震後、現地を訪れた政府調査団の報告書にはこう記されている。
「わが国の橋りょうは、大きな設計震度で設計を行っていること、また被害を受けた橋りょう構造とは異なっていることから、今回のような被害は生じないものと考えられる」
震災直後の昨年一月二十七日、衆院予算委員会でこの問題が取り上げられた。「二つの地震の後、日本は大丈夫と言いながら、今回は予想を超える震災としている。おごりと過信があったことを厳しく反省する必要があるのではないか」
委員の質問に対し、当時の野坂浩賢・建設大臣の答弁は型通りのものだった。「建設省は、関東大震災、新潟地震などの結果を受けて橋りょうを直してきた。今までの地震対応策には問題点があったかもしれないと考え、原因を徹底究明し、対応策をとりたい」
しかし、同省の出した報告書は、根本的な原因について「設計時の想定を上回る地震力」としか書いていない。
ロマプリエタ地震の政府調査団長は、今回の震災で建設省の報告書をつくった委員会のトップでもある岩崎敏男・元同省土木研究所長だ。
「神戸では直下で地震が起こった。地震の条件が違う。大丈夫と言ったのは、『あの程度の地震では』ということだった。地震の揺れがこれほど強いとは今まで認識がなかった」。重ねて質問しても「想定外」「予想を超えた」と、報告書と同じ内容の答えが返ってくるばかりだった。
しかし、本当に「想定外」だったのだろうか。
1996/8/11