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(6)依存症 孤独死で一気に表面化
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 神戸・須磨。マンションの一階。小さな木の表札に「ぼちぼちはうす」とある。

 男ものの靴が所狭しと並ぶ玄関口。奥から、昼食を作るにおいが漂ってくる。アルコール依存症からの回復を目指す人々の民間作業所だ。

 いつも穏やかな顔で、昼食の材料費二百円を集めている人がいる。浩二さん(61)=仮名。手作りのメモ帳に鉛筆で、食べた人の名前を書き込んでいる。

 鹿児島県出身。十代から神戸港で働いた。酒は好きではなかった。が、毎日誘われると飲まないわけにはいかなかった。四十代になると朝から飲んだ。気がつけば、精神病院。幼いころに見た鉄砲を担ぐ兵隊の行進が、幻覚に現れた。

 以来、回転ドアのように入院と退院を繰り返した。震災ではアパートが半壊。小学校に避難した。当時はガードマンをしていたが、現場がなくなり中断。近くの自動販売機で紙パックの酒を買い、一日中飲んだ。部屋を片付ける気も起こらない。生活のリズムは完全に乱れ、飲酒は一気に加速した。地震から二週間後には、また病院にいた。

 昨年七月、震災から二度目の入院生活を終えた。病院で「須磨へ行かへんか」と持ちかけられた。開所したばかりの「ぼちぼちはうす」だった。

 作業所といっても、決まった仕事はない。毎朝、十数人が通ってくる。ほとんどが中高年の男性。昼食の支度をし、共に食卓を囲む。家庭菜園やレクリエーションもあるが、強制はない。ただ、午後四時前に全員が集まり、一日の感想を話す。そうやって、飲まない日々を重ねていく。

 浩二さんはここに来てから一度も酒を飲んでいない。昨年十一月、映画館の掃除のアルバイトも始めた。

 「いつ魔がさすかわからんよ。自信はない。でも、頑張って酒をやめてる仲間の顔が頭に浮かぶと、我慢しようと思う。たわいない話をするのが楽しい。もっと早うに、こんな場所があったらよかったのになあ」

 厚生省の推計では、アルコール依存症患者は、全国で二百万人を超える。しかし、日本社会ではあまり注目されなかった。皮肉にもそれは、仮設住宅で続いた「孤独死」をきっかけに一気に顕在化する。「ぼちぼちはうす」も、阪神・淡路大震災復興基金の補助を受けて、ようやく生まれた。

 「医療分野だけに閉じ込められていた依存症の問題が、震災でやっと市民権を得た。画期的なこと」

 ボランティアとして震災直後に被災地入りし、「ぼちぼちはうす」を運営する宗利勝之さん(37)は、この四年あまりの変化を肌で感じてきた。

1999/10/18
 

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