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(6)遠くにありて 「敬意と誇り」店名に込め
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 店の名に、商売を学んだ地への敬意と愛着を込めた。「神戸フルーツ」

 播但連絡道・朝来ICから国道を北に約七キロ。兵庫県朝来郡和田山町内に入ってほどなく、その果物店はある。かなたの山頂に竹田城の石垣が輪郭を刻む。

 かつて神戸デパートの地下道で営業していた鴨谷和吉さん(46)久子さん(41)夫妻が開いた。

 「神戸の時は、お客さんがひっきりなしで声を出しっぱなしだったけど、こっちはのんびりです」。同郡朝来町出身の和吉さんが言った。

 震災前日、父が急逝した。仕事着のまま朝来町の実家へ。翌日、テレビを見て驚いた。大震災。長田のまちが、デパートの周囲が焼けていた。

 焼け野原となった自宅に戻ったのは三週間後のこと。デパートに向かった。地下道の店は半ば水没していた。

 実家には高齢の母が一人、残った。自然な成り行きで故郷に店を持つ。以来、七年半になる。

 週に一度、神戸中央市場に仕入れに向かう。道中、車から神戸デパートの跡地を横目に見る。

 「震災後、和田山で始めたうちの商売が軌道に乗った今も、長田のまちは形すら見えない。その遅さがもどかしい」

 市場に行くと旧知の商売仲間に会う。念入りに品定めする真剣な横顔。その姿に「がんばらな」と、人知れず自分を奮い立たせる。

    ◆

 大阪・九条。駅前から細く伸びる商店街の一角に、手芸用品「ミヤケ」の三宅淳介さん(65)がささやかに営む婦人服店がある。

 神戸デパートでは一階、入り口近くに店があった。生まれも育ちも長田。終戦直後、小学生のころから店頭に立ち、かいわいの商売人のほとんどが顔見知りだった。

 震災で大阪の友人宅に一家で避難。被災地での再起を図ったが、資金の問題などでやむなく九条での再出発となった。

 慣れない土地での営業は、想像以上に厳しい。「八年前の一月十七日。あの日のあの一瞬さえなかったら」と思わない日はない。

 デパート跡地、再開発ビルにもう一度出店する。雌伏の日々。「震災ですべてを失った。一日も早く長田に帰りたい」

 それが無理なら。「せめて長田で死にたい」

2003/1/18
 

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