五月末、神戸市役所会議室。京都大学防災研究所などが開発中の「災害対応シミュレーションゲーム」報告会に約二十人の同市職員が集まった。全員にトランプ大のカードが配られた。
「避難者三万人、確保した二万食。すぐ配る?」「自宅は半壊、夫は出勤。子どもを残して出勤する?」…。
ゲーム名「クロスロード」は、進退を決すべき分岐点を意味する。開発グループの聞き取りに職員らが語った数々のジレンマがカードをめくるたびに現れる。どちらを選べばグループ内の多数派になれるかで競う。ゲームに正解はない。「議論し、迷い、対立し、経験者でなければ実感できない葛藤(かっとう)を追体験してもらうのが目的」だ。
消防隊員たちは、阪神・淡路大震災でおそらく初めて分岐点に直面した。
神戸市東灘区。市内で最も多くの死者が出た。東灘消防署青木出張所の救急隊員だった谷内康雄消防司令補(37)は、救急出動中、揺れに直撃された。急患を乗せて走りだすと、赤色灯にすがるように人が群がった。救急車の車体をたたかれ、止められた。腕を引っ張られていっても手の施しようがなかった。亡くなっている人は運ばなかった。
同出張所で当直中に頭を負傷した上村雄二消防司令補(40)は、血を流しながら消火活動に当たった。「生き埋めになっている」と救助を求められたが、「近所の人でできることをやってほしい」と断った。「裁判にかけたろか」と脅し文句が飛んできた。
国道2号に面した同消防署本署に設けた応急救護所には、けが人が殺到した。呼吸をしていない人もいた。救急隊に所属していた花山昇消防司令(42)は心肺蘇生法(しんぱいそせいほう)を試みなかった。一度始めたら、駄目と分かってもやめられなくなる。生存可能性の低い人に人手と時間をかけられない。「ここでは措置できない」と告げると、罵声(ばせい)を浴びた。
市民の期待に応えようとするプロ意識がある。隊員たちは震災後、罪悪感にさいなまれ続けた。
当時、生田消防署専任救助隊員だった岡田幸宏消防司令(39)も、プロの意地に縛られながら、がれきの山の前にいた。埋まった人は亡くなっていると思ったが、「生きて救助を待っている人の所へ行く」とは言えなかった。三時間余りを費やした末、断念。別の現場へ移ると、そこでは「昼ごろまでは声がした」と聞いた。
この経験は、岡田消防司令のプロ意識を変えた。「圧倒的な負け戦を経験した自分が、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」。一人より多数、生存者優先。今なら、その道を選ぶ。
クロスロード開発チームのリーダーを務める京大防災研の林春男教授(人文社会)は、「限られた資源で多くの命を守るには、優先順位を明確にせざるをえない」と指摘する。さらに「それは被災者自身にも問われる」と。
2004/7/22