「えべっさんがやってきた 幸せ配りにやってきた」
阪神西宮駅から南に延びる西宮中央商店街の一角。人形芝居小屋「戎座人形芝居館(えびすざにんぎょうしばいかん)」に7月下旬、子どもたちの歌声が響いた。月1回開かれる人形芝居「戎舞」を、館内を埋めた約40人の親子連れが見物していた。
西宮は人形芝居発祥の地とされる。室町~江戸期、「傀儡(くぐつ)」と呼ばれる操り人形を使う「傀儡師」たちが暮らし、地元の西宮神社を総本社とする戎信仰を全国に伝えたという。演じた芝居は文楽や淡路人形浄瑠璃のルーツともいわれる。
この傀儡師の伝承に着目し、街づくりに生かそうしたのが、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた同商店街の商業者たちだった。文献を調べて人形を再現し、2006年、劇団を結成。演目も創作した。さらに08年6月には、空き店舗を改装し、舞台、拠点となる人形芝居館を造った。
以来、人形劇をはじめ紙芝居、落語などがほぼ毎日上演される。商店街に事務所を構えて地域誌を発行し、同商店街振興組合副理事長も務める武地秀実さん(53)は「いつも何か楽しいことがあると思ってもらえれば、にぎわいが生まれるはず」と力を込める。
取り組みは、一過性の復興イベントへの反省と商店街の役割見直しが出発点だった。
震災前は、約200の店舗が軒を連ねていた同商店街。しかし、あの日の激しい揺れで約8割が全壊した。復旧工事の後も歩道をきれいにしたり、古くなったアーケードを撤去したりした。さらに、復興基金などの助成を受けてコンサートなどのイベントを毎年6回以上催し、消費者を呼び込む努力をした。しかし、人が集まるのは、イベント当日だけだった。
売り上げ回復には結びつかず、震災15年目の現在、同商店街に残る店舗は約65にとどまる。
神戸新聞社が被災地の商店街を対象に実施したアンケートでも、57・4%が活性化に取り組むが、1日限りのイベントが多く、成果も見えない。
そこで、西宮中央商店街は、地域の伝承にちなんだ劇団を自らつくり、恒常的にまちおこしを進める試みに挑んだ。
発想は注目され、復興基金の「まちのにぎわいづくり一括助成事業」に認定された。1000万円の助成金は、人形芝居館の整備に充てられた。
同商店街は07年、西宮市からの年間300万円の補助も認められた。さまざまなゲストを招いてほぼ連日、催しができるのはこのためだ。ただ、市の補助は3年間限り。その先は何も決まっていない。
商店主から「補助がなくなったら、商店街だけで運営しきれない」との声が上がる。「魅力的な品ぞろえやサービスの方が活性化には大切」という指摘もある。
「試みは始まったばかり。まだ、売り上げに直結しているとは言えないが、交流の場として商店街が見直されることが復興への近道だ」と武地さん。補助金が切れる来年、取り組みは正念場を迎える。
(記事・阿部江利、写真・斎藤雅志)
2009/10/1