「がれきの写真は今でもよう見れへんけど、あなたの絵なら見ることができます」。阪神・淡路大震災で息子を失った女性からこんな手紙を受け取ったことがある。
剪画(せんが)は黒い紙をカッターナイフで刻み、白紙に張り付けるシンプルな表現手法だ。痛々しい被災地の風景を黒と白のモノトーンが優しく包む。それが、女性の心の琴線に触れたのかもしれない。
神戸で生まれ育ち、1月17日は関東にいた。被災した神戸市東灘区の実家に戻ると、懐かしい街は変わり果てていた。「二度と神戸を離れない」。その時決心した。
剪画を描くには、スケッチ代わりに写真を撮らなくてはならない。被災者にカメラを向けるのはつらかった。「私は震災を売り物にしていないか、遺族を傷つけてはいないか」。自問自答を繰り返し、2000年ごろまでに約50点を制作した。
復興が進み、震災を感じさせる風景は少なくなったが、「神戸の街を描くことは、すなわち震災の記憶を刻むこと」と今も描き続けている。
「私は戦争を知らないけど絵画や小説、芝居などの芸術を通じて感じることができた。芸術は、長い年月を超えて人の記憶を伝える力がある、と思う」(内田世紀)
2011/1/7