旧耐震住宅が危ない
「いきなり、難しい質問ですね…」
木造住宅耐震工学の第一人者、東京大名誉教授の坂本功(71)は考え込んだ。
阪神・淡路大震災の直接死は5502人。このうち何人が旧耐震住宅の下敷きになったのか。被災地には今も、この基本的なデータがない。
なぜか。
「住宅やマンション、ビルの倒壊状況は建設省(当時)や研究者が詳細に調べた。でも、死者との関係を示す調査は見たことがない」
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だが、旧耐震住宅の倒壊と死亡の関係を示すデータは存在した。
調べたのは、公害問題に取り組む「あおぞら財団」(大阪市)事務局長の藤江徹(41)。震災当時、神戸大工学部建築学科4年生だった。
藤江は震災後、被災した住所を特定できた神戸市内の死者3586人の遺族にアンケートを送付。1218人から回答を得た。被災地で最大規模の遺族調査だった。
結果はこうだった。
昭和35年以前の家 66・3%
45年以前 23・6%
55年以前 8・2%
つまり、震度5の揺れにしか耐えられない旧耐震住宅で犠牲になったのは98・1%。一方、震度6強までは耐えられる新耐震住宅の死者は15人にとどまっていた。
このデータを示すと、坂本は息をのんだ。
「そこまではっきり違いますか。驚いた」
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藤江には忘れられない体験がある。下宿先の木造アパートは倒壊を免れた。助けを求める叫びを聞き、JR六甲道駅北にあった学生アパート西尾荘に駆け付けた。
ぺしゃんこになった1階から、指先だけ出ている学生がいた。だが、助け出す隙間がない。誰かがのこぎりを持ってきた。柱を切る。
「俺、助かるかな…」 「大丈夫や、絶対助けたる」
東から炎が迫る。つぶれた隣室から「バン、バン」と爆発音がする。熱い。もうあかん。
「中村! 中村!」。下敷きになった学生の友人らしき若者が、半狂乱で叫び続けた。炎が西尾荘を包むのをぼうぜんと見つめるしかなかった。
1年後に始めたアンケート。回答には遺族の無念があふれていた。「この調査を必ず未来に生かしてほしい」
感情を抑え、必死で仕上げた。158ページの修士論文。だが、耐震化を進める専門家にも、その存在は知られていない。
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国や自治体は旧耐震住宅の耐震化を急ぐ。根拠とするデータは「死因の88%が圧迫死」「旧耐震住宅の大破は新耐震住宅の3倍」の二つだ。
だが、このデータ以上の危険性を藤江の論文は突き付ける。藤江には今も、抑えがたい無念が胸の奥に残る。
「住宅が人を殺した。その大半は旧耐震住宅だった。国は危険を知りながら、なぜ放置していたのか」
=敬称略=
(木村信行)
2014/9/1