1通の請求書は、突然届いた。
阪神・淡路大震災の発生から7年後の2002年。神戸市垂水区の災害復興住宅で、伊藤洋子(69)=仮名=は夫の博=同=と2人、ようやく落ち着いたころだった。
震災時に住んでいた同市長田区の賃貸住宅は半壊。だが、夫婦とも仕事があり、借金は1円もしなかった。
覚えのない神戸市からの請求書には、「災害援護資金の連帯保証人」との記述があった。
保証人-。博は一人の男に頼まれたことを思い出し、はっとした。
かつて、勤務していた運輸会社の同僚だ。自己破産し、災害援護資金で借りた150万円はほとんど返済されていなかった。
博は、月3千円を返し続けた。だが08年、脳梗塞で倒れ、昨年末に73歳で他界。博の死後も請求書は届いた。制度では、借りた人が死亡か重度障害にならない限り、免除されず、保証人に督促される。
洋子は「生きている限り払い続けよう」と腹をくくったものの、不安がよぎった。「私も死ねばどうなるのか」
すでに嫁いでいた娘2人は、このことを知らない。相続人である娘に請求がいけば、嫁ぎ先との溝もできかねない。
洋子は、博のすべての遺産を放棄する「相続放棄」を知り、娘に打ち明けた。博のきょうだいにも、手紙で事情を書いて伝えた。
今年8月、家庭裁判所で、洋子と娘、博のきょうだい計7人の相続放棄が認められた。「ほっとしました」。だが、未返済の約140万円を返す人はいなくなった。
◇
災害援護資金を返し続けているのは、借りた本人とは限らない。
本人78%、連帯保証人17%、相続人5%(2013年度末)。今も兵庫県内で少額償還を続ける約8200人のうち、2割以上が直接お金を借りていない人々だ。
阪神・淡路の教訓から、東日本大震災の被災地では、「保証人なし」の特例が設けられた。利子は年1・5%。保証人を立てれば無利子となるのだが、岩手県内では貸し付け862件のうち、71%が「保証人なし」を選んだ(12年度末)。仙台市でも約1万5千件のうち、ほとんどが保証人を立てていない。
ただ、この特例は東日本のみ。今後起こる災害に適用されるかどうかは分からない。
返済から解放された洋子だが、復興住宅の一室で思う。「保証人になった人は口に出せない。この復興住宅で暮らす被災者も同じように苦しんでいるかもしれない」=敬称略=
(高田康夫)
2014/12/26