避難の有無が命の行方を左右する。悔やんでも悔やみきれない。西日本豪雨をそう振り返る男性がいる。
2018年7月6日朝。気象庁の大雨特別警報が広島県に発令される半日前のことだった。
「明るいうちに、いつも通り避難するように」。仕事に出掛ける前、同県坂町の男性(50代)は妻(40代)に念を押した。
山あいの自宅前には川が流れる。「水位が増えなければ上流で(雨水が)せき止められている。土石流になるから、その時は何も持たずに逃げろ」。妻は「分かったよ」と応じた。
結婚から20年以上、妻や子どもたちと繰り返してきたやりとりだ。数え切れない避難は家族の習慣となっていた。避難先は約10メートル離れた実家。1メートルほどだが、自宅よりも高台になっている。男性の亡父がかつて経験した土石流でも無事だった場所だ。
午後8時すぎ、職場で携帯電話が鳴った。
「母さんと姉さんが流された」
長男の言葉に耳を疑った。「なぜ避難していない」
後から聞いた状況はこうだ。妻と長女は実家に避難していたが、自宅2階に残っていた長男を心配し、様子を見に戻った。自宅前から「はよ来(き)んさい!」と呼び掛けたが、長男は降りてこなかった。直後、山から噴き出した濁流が一瞬で妻と長女を押し流した。長女は助かったが、妻は半年が過ぎた今も見つかっていない。
◇
平成最悪の水害となった西日本豪雨。死者は15府県222人、行方不明者は3府県で9人に上る。兵庫県でも2人が死亡した。
大惨事から半年たち、「避難」を巡る課題が見えてきた。自治体が出す避難情報の中で、最も重い「避難指示」。これを受け、実際に指定避難所へ逃げた住民の割合(避難率)が、極めて低かった。
被害の大きかった広島、岡山、愛媛3県17市町で4・6%。兵庫県10市町では2・1%にとどまった。避難情報の重さと住民の危機意識が直結していない。
◇
「息子に避難の重要性が伝わっていなかった」。男性は唇をかみ、言葉を継いだ。「自分の父親がしてくれたように、土石流の怖さを真剣に教えていれば…」
男性の亡父は、かつて目の当たりにした土石流について何度も語ってくれた。
「屋根より高い岩が迫ってきた」「岩は川を飛び出てくる。でも、実家なら命は取られん」
何十回と避難したが、土石流は一度も起きなかった。長男が疑問をぶつけてくることはなく、避難に納得していると思っていた。
「家族全員を避難させられなかった」
いまだ涙は枯れない。自責の念が絶えず胸を締め付ける。(金 旻革)
◇ ◇
大阪府北部地震、西日本豪雨、台風21号など昨年も災害が相次いだ。災害が起きるたび、命を落とす人がいる。阪神・淡路大震災から24年。南海トラフ巨大地震は30年以内の発生確率が70~80%とされ、揺れとともに津波を引き起こす。「命を守る避難」をいま一度考えたい。
2019/1/13