施設は水没した。岡山県倉敷市真備(まび)町の特別養護老人ホーム「クレールエステート悠楽(ゆうらく)」。施設長の岸本祥一さん(48)は「幸運にも全員助かった。しかし準備面では、反省しかない」と振り返る。
昨年7月の西日本豪雨。6日夜10時の避難勧告を受け、近くの高台にある同じ法人の施設へ、車で入居者を移動させた。36人全員の移動を終えたのは日付が変わる頃だった。その直後、浸水が始まる。水没まであっという間。薬などを持ち出そうとした職員ら20人余りが取り残され、平屋の屋上で夜を明かした。
危機一髪だった。「備えがなかった」と岸本さん。避難にどれぐらいの時間がかかるのか。長期化した場合の受け入れ先は。「もっと緻密に準備しなければ」。そう痛感したという。
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災害時に自力避難が難しい「避難行動要支援者」。職員らが入居者のそばにいる施設と違い、在宅では支援できる人が近くにいるとは限らない。
問題は東日本大震災で顕在化した。宮城県の死亡率は全体で1・1%だったが、障害者に限ると2・6%と高かった。この差は岩手県などの他の被災県にはない傾向だった。
要支援者対策に詳しい同志社大の立木茂雄教授はその理由を「福祉と防災の『分断』にある」と指摘する。宮城県は他県に比べ、身体障害者の施設入所率が低かった。施設に頼らず、在宅を重視した「福祉のまちづくり」が進んでいた証しだが、災害時の備えが抜け落ちていたという。
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福祉と防災を結び付ける-。この課題に、兵庫県が立木教授の協力を得て向き合うモデル事業がある。
年明け1月6日朝。兵庫県播磨町・石ケ池地区の住民が、地域の障害者3人と避難訓練を行った。
「右手に白杖(はくじょう)を持つので、支援者は左側に」
加藤恭子さん(41)は視覚障害と軽度の知的障害がある。隣に住む女性(69)に付き添われ、集合した公園を出発。ペースはゆっくり。周囲から遅れそうになる場面もあった。
要支援者の避難を地域住民がいかに支えるかを定めるのが「個別支援計画」。避難時の支援者や経路、注意点などを決めている。この災害時の計画を、要支援者一人一人に作る「日常の福祉計画」の一部に位置付け、同時に作る。「1本の計画で作成することに、福祉と防災をつなぐ鍵がある」と立木教授は説く。
障害者ならサービス等利用計画、要介護者ならケアプラン。作成の際、当事者や福祉関係者だけでなく、行政の防災部門や地域住民も加われば、計画も共有しやすい。恭子さんの個別計画もこの手法で策定した。
付き添った女性は恭子さんのことをよく知るが「一緒に歩くペースの調節などが難しかった。訓練の大切さが分かった」。恭子さんの母親(69)も「地域に娘のことを理解してもらうよい機会になった」と話した。
県は2019年度、より裾野の広い介護保険のケアプランに個別計画を盛り込むモデル事業に着手する。(田中陽一、黒川裕生)
2019/1/19