「この映画をどんな人に見てもらいたいか」と問われた原作者こうの史代(ふみよ)さんは、気がかりな風潮にも触れた。アニメ「この世界の片隅に」のパンフレットで読んだインタビューだ◆広島・呉を舞台に、戦争にほんろうされる庶民を描いた。漫画雑誌での連載は2007年から2009年、アニメ映画になったのが2016年。この間で世の中に流れる雰囲気が変わったと、こうのさんは恐れる◆風化しないように語り継ぐ。そんな思いより「むしろ新たな戦争に近づいている気がします。ともすれば戦争もやむなしと考えてしまう時、(映画が)想像を巡らすきっかけくらいにはなるかもしれない」と◆それから、さらに4年。今、こうのさんに同じ問いかけをすれば、どんな答えが返るだろう。敵基地攻撃の能力を持とうという意見が自民党内で強まる。脅威には脅威を。これでは専守防衛という留め金が外れる◆外務省OBがテレビ討論で語っていた。「攻撃能力が抑止力になるだろうか。それより、ミサイルを打たせない努力が要る。その1番は外交です」。深くうなずいた◆作品は広島への原爆投下も描く。あの惨禍から今日で75年だ。私たちは「新たな戦争」へ足を踏み入れていないか。立ち止まって見つめたい節目である。2020・8・6
