「ベートーベン弾き」というピアニストの系譜がある。シュナーベル、バックハウス、ケンプ、フィッシャー、ゼルキン…。20世紀に名演奏を残した巨人たちだ。レコード時代を彩る音楽の森の豊かさにため息が出る◆今年は生誕250周年のベートーベンイヤーだが、コロナ禍で数々の記念コンサートが軒並み中止に追い込まれた。その分、名手たちの昔の名演奏を聴くことが増えた◆中でもなじみ深いのが、いくども来日したケンプだ。1970年代に聴いたときの様子は忘れがたい。自然な雰囲気でピアノに歩み寄り、ベートーベンのソナタを弾いた。技巧を超越した深さ、温かさがあった◆ベートーベン自身、優れたピアニストだっただけに全32曲のソナタで挑戦を試み、その成果を交響曲に盛り込んだ。演奏法に関する新著を出したピアニスト、久元祐子さんは楽聖の類いまれな冒険心を評価する◆表現の可能性を追求した生涯だったからこそ「現代においても常に新しい輝きをもって私たちの眼前に立ち現れる」。演奏家たちは日々、新しい発見に震えながら鍵盤に向かう◆ケンプもそんな充実した生涯だったのだろう。来年で没後30年になる。「鳴り響く星のもとに」という回想録をひもときつつ滋味ある響きに聞き入る。2020・11・24
