日本人初のオリンピック選手、マラソンの金栗四三(しそう)は先輩からある練習法を教わった。「汗が出るから疲れる。走る前に汗を抜け」。言われるままに水を断ち、逆に体をこわしかけた◆伝記本にみえるエピソードだが、今だとあり得ない。金栗も水断ち4日でたまらず禁を破り、砂糖水を飲んだとか。日本近代スポーツの黎明(れいめい)期は、水のこと一つをとってみても、試行錯誤の連続だったのだろう◆このたびの新鋭は「給水の失敗」に活路を見いだしたという。びわ湖毎日マラソンで2時間4分56秒の日本新を出し、笑みもさわやかにゴールした鈴木健吾選手である。残り6キロ地点で給水ボトルを取り損ねた◆勝負どころで水が飲めない。心のくじけそうなピンチを絶好のチャンスととらえたところに、鈴木さんの胆力がうかがえる。「決めるしかない」。ライバル選手が給水している一瞬を逃さず、スパートをかけた◆振り返れば、1911(明治44)年の五輪予選会を、金栗は2時間32分台で走っている。当時の世界記録より27分も速かったそうだ。だれもがその走りに仰天した“いだてん”の、今年は生誕130年にあたる◆今ごろは、雲のうえで目を細めておられよう。日本男子マラソンの新たな夜明け-そんな予感に胸躍らせて。2021・3・2
