正平調

時計2023/05/10

  • 印刷

五大陸最高峰の登頂に世界で初めて成功した豊岡市日高町出身の登山家植村直己さんは、出発するとすぐ、帰ることばかり考えたという。それが一歩一歩前に進むうち、心境に変化が表れる◆「一定のところまで進むと、もう引き返しのきかない状況までくるわけです。そこで初めて、先に進むことだけしか考えなくなるんです」とインタビューに語っている◆耐えに耐え、ようやく5類に移行した新型コロナ禍も、思い返せば後戻りのできない登山のようだった。誰にとっても前だけを見つめて歩いた3年と数カ月だったろう◆おととい、本紙コロナ特集で感染者の推移を示す棒グラフを見た。あれだけおびえた第1、2波はなだらかな丘のよう。第6波が日本アルプス、第7、8波は世界の屋根、ヒマラヤ山脈のように切り立っている◆山には素人の私たちが、よくぞこれだけの峰々を登ってきたものだと感慨に浸りたくもなるが、途中で亡くなった人、今も後遺症に苦しむ人がいる。死者は兵庫県で3908人。山の険しさを忘れるわけにはいかない◆登山家の資質は「臆病者であること」と植村さんは言った。感染者の全数把握は8日で終わり、今後は“山の頂”が見えなくなる。私たちも、今しばらくは臆病者であり続けたい。2023・5・10

正平調の最新
 

お知らせ