台北市で開かれた「台日交流会」に、日本側から参加した大谷大学東京分室の研究員、鍾宜錚(ジョンイジェン)さん(37)は、台湾で生まれ育ち、2010年に来日した。
京都大学や立命館大学の大学院で「生命倫理」を研究し、東アジアにおける終末期医療の現状に詳しい。
私たちは彼女に、台湾で患者の延命治療を中止することができる法律が整備された背景を聞いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。
「終末期退院という慣行があったからです。臨終帰宅とも言います」
それはどういうものなのだろう?
「きょう、明日がヤマ場というときに病院から患者を退院させ、自宅に搬送します。あえて家で死を迎えるのです」
法制化には台湾人の死生観が深く関わっていた。祖先とのつながりが重視される台湾では、位牌(いはい)がまつられている家の居間で亡くなることが「良い死」と考えられている。
終末期退院をすると、延命治療に関係する医療装置はほぼ取り外される。「家での延命治療の中止が認められるのなら、病院でも認めていいのではないか、となって、2000年に法律ができました」。鍾さんが言った。
◇ ◇
鍾さんが終末期医療のことを考え始めたのは、祖父母の死がきっかけだったという。
末期がんだった祖父は04年、終末期退院をした。鍾さんの家族が抱えてマンションの階段を上がり、自宅に着いて数分後、祖父は息を引き取った。大学生だった鍾さんは「家族は大変だけど、家で死ぬのは当たり前のことなのだ」と思った。
07年には祖母が、がんで亡くなる。このときは抗がん剤治療の副作用に苦しみながら、病院で亡くなった。家族には後悔が残ったそうだ。
祖父と祖母の死を経験した後、鍾さんは安楽死を法律で認めるオランダに留学する。「当時の私には、安楽死ができることがショックでした。祖父たちの最期との違いは何なのか、と思いました」
オランダでは「自分らしい最期」を求めて死を選ぶ。一方、台湾では延命治療の中止を望む人が「家族に迷惑を掛けたくない」と考える-。
鍾さんの説明がすっと私たちの胸に入ってくる。
2020/5/10