死の瞬間をどう迎えたいかと考える。延命治療で可能な限り命を延ばすのか。それとも痛みを取り除きながら自然な最期を受け入れるのか。悩んだ末に、自ら命を絶つ人もいる。
人生の終(しま)い方の選択に目を凝らしたい。私たちはそう話し合い、シリーズ第七部の取材を始めた。まず向かったのは、安楽死という選択が法的に認められているオランダだった。
◇ ◇
姉が安楽死したマーハ・デ・フライさん(71)は、家族で死の瞬間を見守った心境を私たちに教えてくれた。「深い悲しみと、これで姉が苦しみから救われるという喜びがありました」。選んだ道に後悔はないようだった。
「患者は安楽死が決まると、安心感を得られる」と話す医師がいた。死を受け入れ、命を終える時期や手段を決める。それは残された日々をいとおしむことにつながっているのだと、私たちに諭した。
夫が致死薬を用いて自死したネル・ムラーさん(82)の言葉も鮮烈だった。医師に安楽死を断られた夫はインターネットで薬を購入し、服用する日を決める。この間、夫婦で計画的な死に向け、語り合った。「死ぬことを念頭に置いて生きることで、毎日をもっと楽しめる。素晴らしいと思います」。笑顔で語った姿が印象に残っている。
次に訪れた台湾では、日本の研究者が現地の医師と交流する集いに参加した。テーマは終末期の治療について事前に家族や医療者らと話し合う「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」だった。
台湾では、終末期に延命治療を中止するかどうかを選ぶことができる。医師たちが「ACPは認められた権利。台湾は『良い死』が法律で保障されている」と、熱く語る姿が目に焼き付いている。
帰国した私たちは、播磨地方に住む50代の奥本美紀さん=仮名=に会った。夫ががんで10年以上闘病した末、練炭を使って自ら命を絶った。話を聞くと、オランダで触れた死と似ているように思える。
だが、夫が家族に残したメールの文面からは、心残りや申し訳ない気持ちが見て取れた。奥本さんも「なぜ止められなかったのか」と自分を責めているようだった。
加東市の黒崎待子さん(68)の母親は、搬送された病院で人工呼吸器につながれ、最期を迎えた。元気だった頃は周囲に「延命治療は望まない」と伝えていた。「呼吸器を外したら誰かが殺したみたいになる。何が良かったのか悪かったのか、今も分かりません」。重い言葉だった。
◇ ◇
私たちはこれまで連載を通してたくさんの死に触れ、考えてきた。それぞれの終い方に正解はないだろう。ただ、自分の死を見つめ、家族や周囲とゆっくり向き合う時間が大切だということは、分かってきた。
そして、「ありがとう」と言い合って命を終えられたら-。それは亡くなった人にとっても、残された人たちにとっても、納得のいく「終い方」だったと言えるのでは。私たちはそう考えている。
◆
今月末から連載の最終シリーズを掲載します。1年半の取材を通して、3人の担当記者が考えてきたことをつづっていきます。
=おわり=
(田中宏樹、中島摩子、紺野大樹)
2020/5/20