私たちは、オランダの首都アムステルダムから約50キロ離れたユトレヒト州アメルスフォールトにいる。9年前、夫のヤンルーさんが薬を飲んで自死したネル・ムラーさん(82)に話を聞いている。
夫と同じ死の迎え方を望んでいる、とネルさんは言う。
大きな理由は、持病のパーキンソン病の症状が進行していることだ。ネルさんの腰は少し曲がり、つえをついて歩く。昨年夏には、自分がどこにいるのか分からなくなった。「私も海外から薬を買いました。息子2人には保管場所を伝えています」と話す。
息子たちは、たびたび家まで様子を見に来てくれる。「私は幸せ者です。まだ生きる価値がある」。ネルさんがほおを緩め、続ける。「でも、これから2年以内に、用意している致死薬を飲むことになると思います」
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死を自ら選ぶことに、ためらいや抵抗はないのだろうか。ネルさんに聞いてみる。
「母も父も苦しんで亡くなりました」と言って、ネルさんが両親をみとった経験を語り始める。
母親は医療用麻薬で痛みを取り除こうとしたが、十分に効かないままこの世を去った。父親は息を引き取るまで、背中にできた床擦れに苦しんだという。
「娘として、つらい思いをさせてしまいました。今も親のように苦しんだまま最期を迎えることを考えると、不安が増します」
一方で、夫のヤンルーさんは自分で決めた日に薬を飲み、自らの手で人生を終えた。夫婦で話し合って決めた死に寂しさや怖さはなかった。
「私は夫の最期を一緒に考えることで、彼の力になれたと思います」。そう話す表情はすっきりとしている。
ヤンルーさんは自死を選び、実行した。ネルさんも同じ道をたどるかもしれない。オランダでは安楽死という選択肢もある。「死にたいと求めた時に死ねる。その安心感があるのはいいことよ」。ネルさんが笑顔を浮かべる。
「死ぬことを念頭に置いて生きることで、それまでの毎日をもっと楽しめる。素晴らしいと思います」
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ネルさんの自宅を後にした私たちは、姉が3年前に安楽死を選んだという女性に会うことにした。
2020/5/2