私たちは台北市で、安楽死を求めてスイスに渡り、亡くなった傅達仁(フーダーレン)さん=当時(85)=の家族に会っている。
スイスでは、医師による自殺ほう助が法的に認められている。オランダのような致死薬の投与も、スイスのような手助けも、多くの人は「安楽死」と理解している。
息子の俊豪(ジュンハオ)さん(30)が、亡くなる当日の動画や写真を見せてくれた。
撮影場所は、スイスにある自殺ほう助団体「ディグニタス」の施設。部屋には花が飾られ、明るい雰囲気だ。
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達仁さんがはっきりとした口調でしゃべっている。
「私が安楽死を選ぶのは、1日に6回もモルヒネ(医療用麻薬)を飲まないといけないから。普段の生活ができない。私は死は怖くないが、痛みには耐えられない。穏やかに神様に会いに行きたい」
ソファの真ん中に達仁さんが座り、右に俊豪さん、左に妻が寄りそっている。
女性スタッフから致死量の薬が入ったコップを渡される。達仁さんが「さようなら」と言って、4回に分けて飲む。俊豪さんが「愛しているよ。もう痛くないよ」と声を掛ける。
薬は苦く、達仁さんが水とチョコレートを口に含む。何度か「ふうーっ」と大きく呼吸する。俊豪さんが父親の肩を抱いている。
この後、3分ほどで昏睡(こんすい)状態になったという。
動画を見終わった俊豪さんが、私たちに「父の願いはかなった。父にとって良いことなら、私にとっても良かった」と言った。
達仁さんは生前、台湾の蔡英文総統に「安楽死の選択肢を与えてほしい」と、合法化を求める手紙を送っていた。その遺志を継ぎ、俊豪さんは「安楽死」の法制化を推進する団体の理事長に就いた。
国民投票を目指して署名活動を展開したが、目標数は遠かった。今も「必要な人に選択肢を」と訴え続ける。
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私たちは、達仁さんが自殺ほう助を受けた「ディグニタス」にメールで取材を申し込んだ。届いた返信には、「法律に従い、医師が支援する自殺を行っている」との主張が強調されていた。
日本在住の会員が、ディグニタスで初めて自殺したのは2015年のこと。2019年末現在、日本の会員は47人で、18年より22人増えたことが分かった。
2020/5/12