認知症診療の現場
これまで、神戸大医学部付属病院の認知症専門外来「メモリークリニック」を訪れた人の診療の様子や生活の困りごとなどをシリーズで紹介してきました。高齢化の進展により、2025年には認知症患者は700万人に達すると推計されています。同クリニックで診療にあたる神戸大大学院保健学研究科の古和(こわ)久朋教授(49)に、診察室で大切にしていることやこのシリーズで伝えたかったことを聞きました。
-認知症の前段階「軽度認知障害(MCI)」や進行度別のアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症などで診察を受ける人と家族7組に登場してもらいました。
「シリーズを通して、さまざまな種類の認知症があり、同じ認知症でもいろんな段階や症状があることを知ってもらえたかと思います。家族の関わり方や悩みもさまざま。もの忘れや激しい感情の起伏など、それぞれの症状に対応するためには、適切な薬物的介入と非薬物的な介入がセットで必要になります」
-適切に対応する上で大切なことは?
「どうしてその症状が起きているのかを理解することです。つまり、正しい診断をすることが、対応方法や近い将来起きるであろうことへの準備につながってきます」
「例えば、臨床診断で、最も患者数が多いアルツハイマー型とされたけれど、長年経過を見ていくと、記憶障害の進行が緩やかで、非常に怒りっぽくなるなど、アルツハイマー型の症状とは異なる場合もある。よく検査してみると、側頭葉の内側にある海馬が強く障害される『嗜銀顆粒(しぎんかりゅう)性認知症』と分かったケースもあります。その場合、アルツハイマー型の人向けの薬を使い続けると症状を強くしてしまうこともある。より正確な診断が重要です」
-アルツハイマー型に含まれてしまう場合も多いと?
「『アルツハイマー型だよね』という前提では、対応できないことは多いです。レビー小体型は適切な治療とケアをすれば、非常に比較的長い時間安定して過ごすことができます。また、前頭側頭型は若い時に発症する人も多いし、言葉の問題もある。あるいは途中から行動の問題が出てくる場合もある。脳血管性では、なるべく次のイベントを起こさないようにすることが大切なので、予防に努める必要があります。今では、正確でより細やかな診断の重要性が広く認識され始めました」
-地域の中で暮らす上で、必要なことは何でしょうか。
「家族やケアマネジャー、ヘルパーら本人に関わる人たちが同じように認知症を理解し、その人らしく暮らすための情報を共有していくことです。例えば家族と自宅でいる場合には何も問題ないけれど、施設にいると興奮する場合、一番激しい時に合わせて服薬調整をするとブレーキをかけすぎてしまうこともある。いろんな生活の場面を見て、冷静に観察し考えることが大事です。私は、『介護保険サービスを積極的に利用し、非薬物介入を試した上で、難しい点があれば薬を選択できますよ』と伝える場合が多いです」
-シリーズを通して伝えたかったことは。
「同じ境遇にあって、介護している人に『こんなストーリーもあるのか』『自分と似た境遇の人もいるんだ』と知り、いろんなすべがあることが伝わったらうれしいです。『永遠にしんどい状態が続くわけではない』と将来の見通しにつながるかもしれません。今は認知症の人と関わりのない人にも、地域でどう支えるのかを考えるきっかけにしてほしいです」
-先生の目標を教えてください。
「残念ながら認知症を完治させる薬はありません。目に余る症状を和らげながら、介護している人の負担感が『1、2年前とあまり変わってないですよ』と言ってもらえることが現実的にできる最大の目標です」
-読者にメッセージを。
「認知症以外の病気で入院したり、寝たきりになったり、認知機能の低下を早めてしまう要素を作らないようにしてください。骨折や肺炎、感染症など、ある程度注意すれば予防できることはきっとあるはず。元気な時から良好な家族関係を築き、どう生きたいのか、どう老いるのかを家族と共有しておいてほしいです」
=おわり=
【こわ・ひさとも】1970年東京都生まれ。95年東京大医学部卒。2004年3月、同大大学院修了。同大学病院で認知症専門外来を立ち上げ、10年に神戸大へ。認知症専門医として診療に携わる。17年から現職。兵庫県芦屋市在住。
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