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第3部 祭礼の大河

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 10月1日、三木市吉川町稲田の若宮神社で秋季例大祭が開かれた。赤鬼の面をかぶった男性が棒を振り、あんどんを持った氏子が「イーヤー、ハッ、ハッ」と謡う。その名を「ヤホー神事」という。「座振舞(ざぶれまい)」「神輿渡御」「馬神事」。古式ゆかしい数々の神事は中世から続くという。

ヤホー神事 謎の掛け声
若宮神社秋季例大祭の「ヤホー神事」で、「棒振」の男性が鬼の面をかぶり、棒を振りかざして舞う=三木市吉川町稲田(撮影・大森 武)
若宮神社秋季例大祭の「ヤホー神事」で、「棒振」の男性が鬼の面をかぶり、棒を振りかざして舞う=三木市吉川町稲田(撮影・大森 武)

 イーヤーホー。

 イーヤーホー。

 酒米・山田錦の田んぼに囲まれた、三木市吉川町稲田の若宮神社。耳慣れない謡がゆったりと響く。

 10月1日、秋季例大祭。鳥居から拝殿へ、静かな境内を15人が歩を進める。

 赤鬼の面をかぶった男性が鉄に見立てた棒を天をつくように振り回す。稚児は金棒を引きずって歩き、太鼓を打ち鳴らす。あんどんを持った氏子が「イーヤー、ハッ、ハッ」と謡う。

 祭りを締めくくるこの行列は祭礼組織「宮座」が担い、その名を「ヤホー神事」という。ヤホーって?!

 「今年は畑(はた)座が当番。座振舞(ざふれまい)は中村座、馬は上中村(かみなかむら)座や。神輿(みこし)は東田地区の氏子が練る。棒振(ぼうふり)がヤマ、ウマの稚児と問答して、祭りはおしまい…」

 詳細を尋ねても、知らない言葉ばかり。漫才コンビは「ヤホーで調べました」と言うけれど、こちらは「ヤホーを調べました」。現地で。

「宮座」が担う謡や舞
長床に四つの宮座の代表ら9人が集い、男児が給仕する「座振舞」。今年は中村座が取り仕切った=三木市吉川町稲田
長床に四つの宮座の代表ら9人が集い、男児が給仕する「座振舞」。今年は中村座が取り仕切った=三木市吉川町稲田

 祭りには酒が付きもの。三木市吉川町稲田、若宮神社の秋季例大祭にも、特産の酒米「山田錦」を使った日本酒が多く登場する。

 直会(なおらい)で。人に振る舞うため。神輿(みこし)を担ぐ前の景気づけに。16地区の氏子約650戸にも、その中の特定の家だけでつくる祭礼組織「宮座」にも、山田錦を栽培する農家は多い。それぞれに自慢の酒がある。

 10月1日朝。長床(ながとこ)に宮座の代表が集まる「座振舞(ざふれまい)」が始まった。幕で覆われ、宮座の座衆だけが上がることができる場所での直会だ。

 若宮神社には四つの宮座がある。「大沢(おおそ)座」「中村(なかむら)座」「上中村(かみなかむら)座」「畑(はた)座」。1年交代で「座振舞」と「馬神事(うましんじ)」、そして「ヤホー神事」を担当し、1座は非番となる。今年の座振舞は中村座が務め、お神酒や餅、枝豆などを用意した。

 20畳程度の細長い長床に、各座を代表する「一老(いちろう)」と「二老(にろう)」の男性が向かい合って座る。礼服の上に白羽織で神妙な面持ちだ。その間に宮地喬(たかし)宮司(63)が腰を下ろす。計9人が席に着くと、長床の東西両端から裃(かみしも)姿の男児2人が登場する。

 「ただ今より、振舞の儀式を始めさせていただきます」

 中村座の一老、前田和男さん(61)が告げる。男児は座衆の間をゆっくりと歩き、真ん中で出会うと一礼した。1歩進んで1歩下がり、給仕する。徳利(とっくり)を小さく2度傾けた後、3度目についだ。酒はもちろん山田錦。2人の息がぴたりと合った。

酒どころ支える吉川の実り
東田地区の氏子が神輿を担ぎ、伊勢音頭に合わせてお旅所へ。その脇には山田錦が実る=三木市吉川町稲田
東田地区の氏子が神輿を担ぎ、伊勢音頭に合わせてお旅所へ。その脇には山田錦が実る=三木市吉川町稲田

 大関、剣菱、白鷹…。全国有数の酒どころ「灘五郷」など有名蔵元の名を染め抜いたのぼりや看板が田んぼを彩る。さながら大漁旗。山田錦の特産地・三木市吉川町など北播磨ではおなじみの秋の風景だ。

 同町では明治中期以降、地区の酒米を特定の蔵元に販売する契約栽培「村米制度」が確立する。品質の良い酒米を求める蔵元と安定した販売先を望む農家の思いが一致し、深く結び付いていった。

 座振舞が終わると、白装束に身を包んだ24人の男衆が神輿を担ぐ。宮座だけで執り行われる三つの神事とは異なり、神輿渡御(とぎょ)は各地区の氏子が交代で担う。

 今年は、東田地区の氏子が神輿を練った。灘五郷の菊正宗酒造(神戸市東灘区)と村米契約を結ぶ。始まる前の境内やお旅所で、同社の純米大吟醸「百黙(ひゃくもく)」で乾杯し、気合を入れた。「一番ええ酒や」。同地区の桧原重樹さん(71)は休憩の間に、ぐいっと飲み干した。

 中世から続くとされる古式ゆかしい神事の数々。いま、傍らには昭和に誕生した山田錦がある。

神と酌み交わす祝い酒
座振舞では餅や枝豆、日本酒などが供せられる=三木市吉川町稲田
座振舞では餅や枝豆、日本酒などが供せられる=三木市吉川町稲田

 若宮神社の宮座にはかつて、1座16軒、合計64軒の家が属した。だが近年は後継ぎ不足や転居などで座を休んだり、抜けたりする家も多い。今年の馬神事を担った上中村座も、一老の保尾(ほお)武さん(70)によると、2、3軒が残るのみだ。

 馬神事の最後は、馬が鳥居から石灯籠までを3往復する「馬駆け」。3度目の駆けだしと同じくして、ヤホー神事が始まった。

 獅子舞を先頭に、鱗(うろこ)小紋を染め抜いた赤茶色の衣装と鬼の面を着けた「棒振(ぼうふり)」、金棒引きや小鼓、締太鼓(しめだいこ)打ちの子どもら15人が鳥居から社殿へと練り歩く。「イーヤーホー、イーヤーホー」の謡が響く。

 畑座に属する米田地区の冨井家が二十数年ぶりに当番を務めた。「仕事仲間に近所の人、吉川を離れた親族やその友達にも声を掛け、やっと行列がそろたんや」。一老の冨井英世さん(75)が苦笑する。

 神事はクライマックスへ。棒振は日の丸の扇を開き、馬に乗った稚児、本殿脇に木枠を組み立てた「やま」と呼ばれる高さ20メートルの蚊帳に入った稚児の3者で問答を交わす。

 「この山のいわれを思う」

 「山の麓に流れあり、流れをくめる人々は七珍万宝(ちっちまんぽう)満ち満ちて…」

 「ここにめでたき瑞相(ずいそう)あり…」

 問答は、吉川町の山里、流れる美嚢(みのう)川の美しさや豊かさをたたえ合って終わる。締太鼓がたたかれ、神事は幕を閉じた。冨井家の人たちは、親族や友人を地元産のブドウや米田地区が村米契約を結ぶ石川県の蔵元「菊姫」の酒などでもてなした。

 ヤホーとは「いやほぐ」に由来するという。「いっそう祝う」を意味するおめでたい言葉だ。収穫を祝い、神に感謝する。手塩にかけて育てた米で造った酒を神様と酌み交わすのだから、うまくないわけがない。(記事・金慶順 撮影・大森 武)

【山田錦】
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 明石市にあった兵庫県立農事試験場の品種改良によって誕生し、1936(昭和11)年に品種登録された高級酒米。主に三木市などの北播磨地域、神戸市北区などで栽培されており、兵庫県の生産量は全国の6割以上を占める。「心白(しんぱく)」と呼ばれるコメ中心部の白色部分が適度な大きさで、こうじ菌が入り込みやすく酒造りに最適とされる。三木市吉川町は最上級産地の「特A地区」に指定されている。

 

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