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第3部 祭礼の大河

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おいしく食べるニワトリ、ではない北播磨の鶏の話。赤い立派なとさか、黒に緑も混じり長く美しい尾羽が特徴の「播州柏(かしわ)」。宮廷にルーツを持つ「鶏合わせ」は、地元の小学生が伝統衣装を身にまとって歴史を引き継いだ。

北播磨の鶏とりどり
もも、手羽、きも、ずり…。遠火で皮目が黄金色を帯び、タレに身が照り輝く。播州百日どりの焼き鳥は絶品だ=兵庫県多可町加美区、鳥富(撮影・大山伸一郎)
もも、手羽、きも、ずり…。遠火で皮目が黄金色を帯び、タレに身が照り輝く。播州百日どりの焼き鳥は絶品だ=兵庫県多可町加美区、鳥富(撮影・大山伸一郎)

 ジュウッ。炎に脂が躍る。香ばしい煙がいや応なく、食欲をそそる。

 じっくりあぶられるのは「播州百日どり」。北播磨の名水の地・旧加美町(現兵庫県多可町)の農協が1978年に開発した銘柄鶏だ。

 その名の通り地鶏並みに約100日平飼いし、平均約4・3キロに育て上げる。

 「触るだけでブロイラーとは肉厚が違うね」。毎朝仕入れる百日どりが専門の焼き鳥店「鳥富(とりとみ)」の竹本貞文さん(48)は言う。

 もも肉にかぶりつくと、そのかみ応えときたら! パリッとした皮目を破り、肉汁が口に広がる。

 酉(とり)年いちばんの鶏グルメを堪能し、一路神戸へ-。と思いきや、気になる催し案内が。

 「多可町子ども芸能祭 播州柏鶏(かしわとり)合わせ」

 鶏肉のことを、関西では「かしわ」って言うよね。これって百日どりのこと? 尋ねてみたら、驚いた。

 「播州柏は食べません」

「鶏合わせ」 多可で“復活”
中町南小学校の播州柏鶏合わせ。「機嫌が悪くて心配だったけど、暴れず、うまくできた」と貴重な体験に満足げ=兵庫県多可町中区、ベルディーホール
中町南小学校の播州柏鶏合わせ。「機嫌が悪くて心配だったけど、暴れず、うまくできた」と貴重な体験に満足げ=兵庫県多可町中区、ベルディーホール

 「播州柏(かしわ)? 卵を産まんようになったひねどりを、かしわ言うけどなあ…」

 播州百日どりを加工・出荷する、JAみのり養鶏事業所の祐尾(ゆうお)真三課長(58)は首をかしげる。

 それもそのはず、播州柏がいるのは養鶏所ではない。同じ兵庫県多可町内でも旧中町の中町南小学校だ。

 今月10日の子ども芸能祭。同小の6年生が晴れの舞台に上がった。

 薄衣をまとい、鳥に扮(ふん)した巫女(みこ)の舞に続き、「鶏合わせ」が始まる。狩衣(かりぎぬ)に烏帽子(えぼし)風の装束で抱え持つのは、播州柏の雄が2羽。赤い立派なとさかと、黒く長い尾羽が美しい。高々とささげて、見合わせること、1回、2回、3回。そして告げる。「今年の豊作はあきほの方角じゃ」

 古式ゆかしい形の由来は天田(あまだ)地区にある加都良(かつら)神社の年中行事。

 元日の朝、トウニン(行事当番)が五穀豊穣(ほうじょう)を祈願し、向き合わせた鶏の鳴き声で豊作を占っていたが、昭和の初めに途絶えてしまった-。古老の記憶のほか、記録は何もない。

 その古老を祖父に持つ山田錦農家の吉田継夫さん(53)。「鶏合わせの鶏を飼うてたと、ちらっと聞いた」が、幼い時分のこと。「今やったら詳しく尋ねるのやけど…」と惜しむ。

播州柏 世話係は小4生
播州柏の世話をするのは4年生。雄は「ちょっと怖い」という子どもも=兵庫県多可町中区、中町南小学校
播州柏の世話をするのは4年生。雄は「ちょっと怖い」という子どもも=兵庫県多可町中区、中町南小学校

 それが“復活”するきっかけは、1989年。前年に県の愛鳥モデル校となった同小に、地元の「播州柏保存会」から雄2羽と雌4羽が贈られたことによる。

 播州柏とは、日本鶏(にほんけい)の一種。天然記念物の尾長鶏(おながどり)や東天紅(とうてんこう)のように、鑑賞を目的とした鶏だ。旧中町の故真鍋正夫さんは、県日本鶏保存会の会長を務めた愛鶏家。「品種改良を繰り返し、(65年ごろから)十数年たって、やっと完成した」という、播州柏の普及に力を注いでいた。

 雄は鳴き声が良く、気性が荒い。飼育係は4年生。つつき回されて、ベニヤ板で防御しながら世話をする子もいたという。

 90年、町文化財の第1号に指定。播州歌舞伎など、地域の伝統文化を活用した学校づくりが始まる中で、鶏にちなむ行事も、創作芸能としてよみがえる。

 「どんな動きや口調がいいのか、テレビで神事を見て参考にするなど手探りでした」と多可町教育委員会の足立徳昭課長(54)は振り返る。

 播州歌舞伎の故中村和歌若(わかじゃく)さんを指導に招き、厳かな所作を稽古。笛や太鼓に舞を加えてアレンジし、衣装は教職員が手作りした。

 93年、観月会での初披露は大成功。絶えることなく続いてきた。

加西の節句祭、宮中にルーツ
播州三大祭りの一つ、住吉神社節句祭の鶏合わせ=2016年4月3日、加西市北条町
播州三大祭りの一つ、住吉神社節句祭の鶏合わせ=2016年4月3日、加西市北条町

 復活の手助けとなった、もう一つの「鶏合わせ」が北播磨にはある。

 今年創建1300年を迎えた加西市北条の住吉神社。4月最初の週末にある「節句祭」を締めくくる祭礼行事が、それだ。

 由緒記では1122(保安3)年3月3日が始まりとされ、「宮中では節句に鶏合わせが行われていた」と林垂栄(たるひで)宮司(46)。いわゆる闘鶏や姿形を競った様子は史料に残るが、神社に伝わる他の例は「愛知の津島神社しか知らない」と言う。

 ちょうちんに囲まれ、東西両郷の執行人が境内中央の勅使塚に上る。東郷は左手、西郷は右手で播州柏の足と尾を握り、2度高く差し上げる。珍しいが、あっけなくもある。

 なぜ900年も続いているのか。

 「見て楽しむより、神事性が強いほど、選ばれた場所でしかできないのでは」と民俗学者の藤原喜美子・流通科学大准教授(43)。朝の到来を告げる鶏は、神話の神や天皇と関係が深い。天皇の「勅使」参向を記念する塚で、鶏合わせが行われることを重く見る。

 「祭礼中、参加する者は鶏肉も卵も食べない」。一昨年、西郷の執行人を務めた徳平義人さん(46)は言う。食べるとけがをするという言い伝えが今も生きていることに驚く。

 実は4年前、伝統ある鶏合わせに危機が訪れた。氏子が育てる播州柏が高齢化し数が減少。鳴き声などが原因で日本鶏の飼育者が減っている中、ひなのつがいを分けてもらった先が中町南小学校だった。

 「そのとき、過去にはこちらから鶏が行ってたと知った」と林宮司。保存会の真鍋さんが、総代から譲り受けた「赤柏」に、原産地の島根や山口の種鶏を交配させた赤柏の内種が「播州柏」-と記した文書が、関係者の手元に保存されていた。

 そして今年は、同小の雄が2羽も死んで1羽だけに。雄と雌での開催もやむなしとしていたところ、住吉神社側からの“婿入り”の申し出に「形を守れてありがたい」と喜ぶ。

 酉(とり)年に結ばれた、鶏合わせの縁。人の出会いが伝統を引き継ぐ。

(記事・田中真治 写真・大山伸一郎)

【日本鶏】
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 鶏は紀元前から渡来、交配や突然変異により日本固有の品種が作られた。国指定天然記念物は小国やその直系の黒柏など17種。播州柏は含まれないが、その由来とされる赤柏は黒柏の近縁種。播州柏は審査標準がないため、通常は品評会の対象外といい、独自に行っていた兵庫県日本鶏保存会は活動休止中という。肉用鶏では、日本鶏を含む在来種由来の血液百分率が50%以上のものを地鶏といい、銘柄鶏と区別される。

 

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