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(9)復興への構図 長田を”靴の秋葉原”に
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観光の要素採り入れ 老舗経営者がけん引役
 街路樹の緑に包まれて、大通りが東西に延びる。通りの両側は、最新のファッションシューズをそろえた専門店街。観光バスを降りた若い女性たちが、先を競って品定めする。

 通りの東の端には、靴づくりの工程がつぶさに見学できる”見える工場”。職人の熟練の技に「ほーっ」と、見学者のため息がもれる。

 西に目をやると、そこは「アジアタウン」。アジア各地の料理や民芸品の店が異国の薫りを伝える。すぐ隣には、若手デザイナーを育てる施設も…。

 ・震災後、ケミカル業界や神戸市などが推進している「くつのまち・ながた構想」。総合すると、こんなイメージになりそうだ。

 候補地は、JR新長田駅の北東。長田郵便局の南を走る東西五百メートルの通りを、現在の八、九メートルから区画整理で十四メートルに拡幅。歩道を広く取って歩行者優先のコミュニティ道路とし、周辺を整備する。

 とはいえ、まだ構想が固まったわけではない。兵庫県、神戸市、業界などが二〇〇〇年度中を目標に、中核施設の基本計画を練っている段階。ケミカル産業に観光の要素を採り入れ、観光産業として復興を目指すらしい。

    ◆

 「”靴の秋葉原”にしたい。長田の靴はもちろん、世界中の一流の靴までそろうような…」

 同構想の立案に、中心メンバーの一人として参画している日本ケミカルシューズ工業組合理事長の河野忠博(カワノ社長)は、そんな夢を描く。

 だが、構想がすんなり実現すると見る関係者は、ほとんど皆無に近い。区画整理は、まだこれから。業界も一枚岩で、まとまったわけではないからだ。

 河野でさえ、「この不況下、当分は採算に合わないだろう」と覚悟。その上で「”長田ブランド”を確立するためには、各社がアンテナショップを設け、地道に自社製品を売り込んでいかねば…。根気強さが必要だ」と、大きなソロバンをはじく。

 業界はこれまでも、靴デザイン学校の建設、神戸ブランドの確立などに取り組んできた。しかし、いずれも日の目を見なかった。

 例えば神戸ブランド。長田で製造した靴に「フットウェア神戸」の統一ラベルを張り、”長田ブランド”を社会に認知してもらうのが狙いだった。有名デザイナーにラベルを発注しスタートしたが、わずか半年後に行き詰まる。三千円台以上の靴にしかラベル添付を認めなかったため、千九百八十円の商品をつくる業者らが「われわれを切り捨てるのか」と、猛烈に反発したからだ。

 「業界には、デザイン能力を持った企業もあれば、定番商品を生産する企業もある。規模もさまざま。まとめるのは至難の業だ」

 兵庫県商工部長の竹田正(57)は断言する。若いころ、業界の体質改善を後押しし、実情に精通している。竹田はこう続けた。

 「結局は、やる気のある数社が先に進んで、全体を引っ張っていくしかない。国や自治体の中小企業施策も、意欲ある企業の支援に重点を移している」

 もはや、行政依存では、コトが進まない。

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 「藤本という男のせいで、長田の街が活性化し損なった、と語り継がれたら、かなわんからな」

 業界の老舗(しにせ)、ライオン会長の藤本芳秀は、冗談まじりに話す。

 藤本は、悩み抜いた末、震災で全壊した工場を”見える工場”に再建する腹をくくった。街と業界の共存を模索する地元のまちづくり協議会に「人が集まる施設を集積しなければ、地域とケミカル業界の活性化につながらない」と口説き落とされたからだ。通算十年にわたって工業組合の理事長を務めた立場から「だれかが、動かんとあかんのなら…」との思いもあった。

 工場は、屋外からも、内部の廊下からも、ガラス越しに製造工程が見学できるようにする。

 「小学生の社会見学が増えて、業界への理解が広がるのでは。靴に興味のある若者も見に来てくれたら…」と、藤本は期待する。

 だが、決して楽観はしていない。「たった一社だけが変わったことをしてみてもあかん。問題は、後に続く企業がどれだけ出てくるかや」

 藤本はいつになく、表情を引き締めた。

    ◆

 したたかに風雪をくぐり抜けてきたケミカルシューズ業界。これから震災の痛手をどう乗り越え、復興へどんな底力を見せるのか-。いまほど、業界が世間の注目を集めた時代はない。(文中敬称略)

(記事 山口裕史、原康隆、松井元)=おわり=

1998/8/29
 

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