■研ぎ澄ます時代感性 消費者ニーズを先取り
「エライことになった。これで、大ヒット間違いなしや!」
写真週刊誌に目を通していたサンナイト社長、新井康夫(43)は、思わず大声を上げた。週刊誌のページには、人気アイドルの安室奈美恵。同社が売り出したばかりのストレッチブーツをはいていた。一九九六年の秋である。
新井の予想にたがわず、ストレッチブーツは一大ブームを巻き起こす。同年に四万足、翌年には十万足の注文が舞い込んだ。前年までの主力だったパンプスに比べ、生産に二倍の手間がかかったが、価格は三倍の一万五千八百円で売れた。
新井と、そのブーツの出合いは、まさに偶然だった。同年春、親しくしている東京の靴専門店オーナーをたまたま訪ねた。そこに、一足のイタリア製のストレッチブーツ。使われている素材は、新井が目にしたこともなかった。「これは面白い。きっと売れるぞ」。すぐにピンときた。
さっそく、イタリアから素材を取り寄せ、製造にかかったが、うまくいかない。従来のブーツのようにファスナーを使わず、素材生地の伸縮で着脱する方式をとったためである。「裏地や補強材の張り加減が難しく、よく甲の部分が破れた」という。しかし、どうにか八月の終わりに店頭に並べることができた。
新井は同社の二代目。大学を出て、東京の靴専門学校に二年通い、さらに大手婦人靴メーカーで三年働いた。その経験が「感性を磨き、時代の変化に対応し、時代を先取りしなければ生き残れない」との強い信念をはぐくむ。
毎年、東京の靴屋をしらみつぶしに回り、気に入った靴があれば買って分解。どんな工夫がしてあるのか徹底的に調べた。それでも、最初のヒット商品を出せたのは、十年後だった。
しかし、十年間は決して無駄ではなかった。なにより役立っているのは人脈である。「今回のブーツも、友人がいたからこそできた」と感謝する。
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ファッション性より、機能性を重視した靴づくりを目指すメーカーも。
「本当に洗濯機で洗えるんですよ」
繰り返し説明するバスコーポレーション社長の小川泰弘(61)。しかし、百貨店のバイヤーは話がのみ込めない。いぶかしげに「もしも、お客さんに迷惑をかけるようだと、信用問題になりますからねえ…」。
小川が見せたのは、完全防水のシューズ。形状記憶シャツがヒットしたのを知って「これからは、主婦の手間が省ける商品が売れる」と、直感したのが開発のきっかけだった。
シューズは、ちょっと見には天然皮革製だが、実際は型崩れしにくく乾きも早い人工皮革。中敷きにプラスチックを使い、水に強い接着剤で仕上げた。「素材を知り尽くした者でないと絶対にできない」という、小川の自信作である。
発売は九二年。小川の思惑通り、年を追って売り上げが伸び、昨年は十二万足も売れた。この四月には、神戸・元町に”洗える靴”の専門店をオープン。土、日曜日には七十足以上も売る。
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靴業界では、メーカーより問屋、小売店の力が強い。その力関係を象徴するのが”台風手形”。決済期限が、二百十日の超長期手形だ。業界でも異例だが、ある大手量販店が振り出すという。
そんな流通支配に、風穴を開けようとしているのが、関西の百貨店約十店に直営店を展開する山元社長の山元伸一(54)。
山元の机のパソコンには、毎日、各店から「どの靴が何足売れた」という情報が入ってくる。そのデータを最大限に活用。シーズン当初の商品生産を極力絞り込み、需要に合わせて生産を増やすシステムを開発した。
売れなければ「店頭で顧客の声を集め、企画を手直しする。そうすれば、顧客の望む方向に商品を改良していけるので固定客が増やせる」と読む。消費者と直結し、流通を改善する新たな試みだ。
「靴の売れ具合を決めるのは、だれでもない。お客さんなんです」
山元はそう確信している。
(文中敬称略)
1998/8/28