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「コロナの終息後、再びあの歌声を響かせたい」と話す藤岡まゆみさん=西宮市
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「コロナの終息後、再びあの歌声を響かせたい」と話す藤岡まゆみさん=西宮市

 阪神・淡路大震災から17日で丸26年。兵庫県淡路市小倉の北淡震災記念公園では毎年、午前5時46分の黙とう後、市民らによる「フェニックス合唱団」が鎮魂と復興への思いを込めて歌声を響かせてきた。だが、今年は新型コロナウイルスの影響が広がり、歌声が聞けない。指揮を務める同県西宮市のジャズシンガー藤岡まゆみさん(44)が唱歌「ふるさと」を独唱する形で予定していたが、兵庫県が緊急事態宣言の再発令を政府に要請すると決定。その動きに伴い、感染防止のために中止が決まった。追悼事業は規模を縮小して行われる。被害が大きかった淡路市富島(としま)地区出身の藤岡さんは「歌への思いを来年につないでいきたい」と話す。(上田勇紀)

 藤岡さんは震災当時、立命館大学1年生。京都市内のマンションで揺れに襲われた。両親が住む北淡町(現・淡路市)富島の実家に電話をしたが、つながらない。テレビが伝える惨状を見て、最悪の事態が頭をよぎった。

 数時間後、母から「大丈夫」と電話があった。すぐに駆け付けようとしたが、「危ないから来るな」と返された。木造2階建ての実家は全壊。母は倒れてきたタンスの下敷きになり、ろっ骨にひびが入っていた。被害が集中した富島地区では建物の8割が全半壊し、26人が犠牲になった。

 両親が仮設住宅に入ったころだったと記憶する。地震後初めて地区を訪ねた。自衛隊のトラックが土煙をあげて走り、がれきが点在する町並みを見て、「自分の知っている古里じゃなくなった」。そんなさみしさを覚えた。

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 大学卒業後、ジャズシンガーとして活動を始めた。2歳からピアノを習い、県立津名高校(淡路市)ではギター・マンドリン部に所属。大学時代に音楽家・坂本龍一さんの演奏に心を動かされ、音楽専門学校にも通って歌声を磨いた。

 再び古里に戻ったのは、がんが判明した父を看病するためだった。

 高校教師だった父は自宅の再建に奔走し、震災6年後の2001年5月、55歳で他界した。葬儀を終えた後、1月17日に鎮魂と復興への思いを込めて歌う「フェニックス合唱団」の指揮を同公園から依頼された。

 「自分にもできることがあるなら」。藤岡さんに迷いはなかった。震災直後、力になれなかった悔いもあった。02年から昨年までほぼ毎年、被災者らが集まる合唱団を率いてきた。

 「アメージング・グレース」や「花は咲く」「愛は勝つ」などを歌いながら指揮している。

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 コロナ禍で迎える今回、合唱の練習は中止に。歌うことを諦めかけていた昨年12月中旬、同公園から独唱を打診された。「形は変わるけれど、亡くなった方々のために歌いたい」と引き受けた藤岡さん。西宮市の自宅で練習を続けていた。

 だが、県内での緊急事態宣言が現実味を帯びた今月9日、同公園から独唱も中止になったと告げられた。関係機関と協議し、感染防止を第一に考えたためといい、17日早朝の追悼事業は黙とうや献花などに絞られる。規模が小さくなり、例年と異なる形になるが、「備えや減災の意識を、あらためてしっかり持つようにしたい」と、藤岡さんは自分に言い聞かせる。

 同公園の米山正幸・総支配人(54)は「ずっとつないできたものができないのはさみしいが、来年はコロナが終息し、またみんなで歌ってもらいたい」と話している。

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