完成した「総邌利(そうねり)」と「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」の賞状を手にする塩田宏紀さん=洲本市五色町
完成した「総邌利(そうねり)」と「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」の賞状を手にする塩田宏紀さん=洲本市五色町

 幻の酒米と呼ばれる「亀の尾」で醸造した純米酒「総邌利(そうねり)」が、兵庫県南あわじ市榎列西川の都美人酒造で完成した。洲本市五色町の農家塩田宏紀さん(35)が2016年に酒米の栽培を始め、18年から毎年酒造りを続ける。1年前に手がけた酒は、世界的な品評会「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」で大会推奨酒に選ばれた。来年の酒造りに向け田植えで汗を流す塩田さんは「米作りを続けることで土地を守り、次世代の食文化をつくりたい」と未来を描く。(内田世紀)

 塩田さんは三田市出身。会社員だった23歳の時に起こった東日本大震災が人生の転機になった。

 宮城県や福島県に足を運び、ボランティアとして被災地を支援。惨状を目の当たりにし「明日はわが身。次の世代のためにできることを、今しないと」と考えるようになった。

 原発事故や放射能問題に触れるうち「未来の子どもたちが安全に育つように」と食への関心が高まった。会社を辞め、自己流で野菜の有機栽培などに取り組んだ。14年に「海山の幸が豊かな淡路島で暮らそう」と移住を決意。妻と二人三脚で農業を始めた。

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 米を作る中でコシヒカリやササニシキの祖先とされる亀の尾に興味が湧いた。

 食用、酒造用の両方に適しているが、農薬や化学肥料を使う近代農法に向かないため、一度は表舞台から姿を消した。その米を新潟の酒造会社が復活させたストーリーは漫画やテレビドラマとなり注目を浴びた。

 16年、知人から種を譲り受け、塩田さんの亀の尾作りへの挑戦が始まった。

 茎の背丈が約150センチと高いため風に弱い。「1年目は台風でほぼ全滅した。辛うじて種ができ、次年につながった」。2年目以降は苗作り、土作り、植え方を試行錯誤。腰の強い苗を作り、1株ずつ間隔を空けて植えるなど工夫を凝らした。収穫期前はイノシシの被害を防ぐため、田んぼのあぜで夜通し見張った。

 移住から月日がたち地域との関係も深まった18年、兵庫県洲本市五色町鳥飼地区の祭礼団などと連携し酒造りを始めることになった。

 酒はお神酒として鳥飼八幡宮に奉納した。長く丈夫な稲わらは、綱やしめ縄として利用できるため、話が進んだ。淡路市室津の高田酒店が協力し、仕込みを都美人に依頼した。

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 19年に初めて完成した酒は「森羅万象が暮らしとつながり利となって返る」の意から、総邌利と名付けられた。都美人が得意とする山廃仕込みにより、濃醇(のうじゅん)な味わいの酒に仕上がった。

 20年からの新型コロナウイルス禍で飲食業界が打撃を受ける中、苦労を重ねた亀の尾は品質が徐々に向上した。5年目の酒が完成した今年5月、4年ぶりに試飲会を開き、約60人が参加した。「過去最高のおいしさだ」「どんどん良くなる」と好評を得た。

 英国からも、吉報が届いた。IWCの酒部門・純米酒の部で、22年に出品した総邌利が金、銀、銅賞に次ぐ大会推奨酒に選ばれた。メダルこそ逃したが、その味が世界に認められたことに、関係者は歓喜した。

 「次は金メダルを狙う」と意欲的な塩田さん。約50アールの水田で今月、亀の尾の田植えに取り組んだ。

 「集落の応援があるから続けられる」と感謝は尽きない。「地域には若い就農者が増えている。自分たちが伝統を引き継ぎ、新たな歴史をつくっている」と胸を張る。

 総邌利は高田酒店、都美人酒造で販売。1・8リットル3960円、720ミリリットル1980円(いずれも税込み)。高田酒店TEL0799・84・0078、都美人酒造TEL0799・42・0360