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正木健人選手の写真を手に振り返る母優子さん=南あわじ市
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正木健人選手の写真を手に振り返る母優子さん=南あわじ市
2019年7月に南淡中を訪れた正木選手(奈木さん提供)
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2019年7月に南淡中を訪れた正木選手(奈木さん提供)
アテネパラリンピックの試合後、現地で写真におさまる(右から)宇城元選手、妻美津穂さん、弟の大さん(芳子さん提供)
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アテネパラリンピックの試合後、現地で写真におさまる(右から)宇城元選手、妻美津穂さん、弟の大さん(芳子さん提供)
地元住民らが作った応援看板=洲本市中川原町市原
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地元住民らが作った応援看板=洲本市中川原町市原

 東京パラリンピックで、28日のパワーリフティング男子72キロ級に兵庫県洲本市中川原町中川原出身の宇城元選手(48)=順大職、29日の柔道男子100キロ超級に南あわじ市北阿万筒井出身の正木健人選手(34)=三菱オートリース=がそれぞれ出場する。家族、出身中学の生徒、恩師、地元町内会が無観客の会場に心のエールを送る。

■柔道男子 正木選手(南あわじ出身)

 正木健人選手は3回目のパラリンピック出場で、2大会ぶりの金メダルを狙う。小学6年で身長が180センチに達した一方、先天性弱視で子ども同士のコミュニケーションで苦労した日々を見守った母優子さん(63)は、「南淡中学校で柔道に出会って今がある。また、畳の上の姿を見られてうれしい」という。正木選手が帰省したときに稽古してもらった生徒は、「憧れの選手」と尊敬する。

 目の異常に優子さんが気付いたのは、生後1カ月ごろだった。あやす際に乳児用おもちゃを目で追わず、連れて行った病院で弱視と診断された。

 ぼんやりと近くの物が映ることもあれば、光の入り具合で同じ距離でも全く見えないこともある不安定な見え方。「どれくらい見えているのか、何は見えないのか、私が理解するのも、別の人に伝えるのも難しかった」

 小学校では、視力を理由にからかわれても絶対に手を出さないよう諭した。「目が不自由な代わりに神様が大きな体をくれた」と慰めた。

 南淡中で柔道部へ。優子さんが期待した通り、ハンディを補って余りある腕力を発揮。3年の全国大会で準優勝した。誘いを受けて育英高校(神戸市)の柔道部へ進んだ。天理大でも柔道に励んだが、就職は思うように決まらなかった。

 マッサージ師の資格を取るため徳島県立盲学校(徳島市)へ入学。それを機に視覚障害者柔道に転じた。正木選手は「同じ障害を持つ人と初めて交流し、気持ちが軽くなった」と打ち明けたという。

 実績十分で臨む東京パラ。優子さんは「つらいこともたくさんあった。ここまで強くなれるんだと、同じ境遇の子を持つ親に感じてもらえるんじゃないかな」と、新たな期待を寄せる。

 南淡中柔道部には、いまでも年数回、正木選手が訪問している。

 今夏まで副主将だった3年の大利誠さん(15)は、1年のときに正木選手と稽古した。「自分がどれくらい通用するか試そうと、真っ先にお願いした」。大内刈りを仕掛けた。正木選手の体はびくともしない。袖をつかまれ、猛烈な力で引き寄せられ、投げられた。「体が自然と持っていかれる」感覚だった。

 「相手の足の場所や体の向きが見えないはずなのに正確に技がかかる。目が不自由な中で戦うのは怖さもあると思う」と大利さん。「諦めず努力して世界一になり、すごい。今回も勝ってほしい」と話した。

 柔道部の奈木宏昌監督(43)は中学時代の正木選手と、別の学校で教えていたときに稽古している。「大人を投げようと、何度投げられても向かってきた。強くなると思った」と振り返る。「東京パラが年齢的に最後になるかも。金メダルを」と願う。

 視覚障害者柔道男子100キロ超級は、29日夕に予定されている。(西竹唯太朗、中村有沙)

■パワーリフティング男子 宇城選手(洲本出身)

 宇城元選手も3回目となるパラリンピックの舞台に立つ。2016年以降、2度の左肘手術を経た。母の芳子さん(73)は「世界の強豪が集まる。本人が掲げた目標に届いてほしい」と自宅で応援する。

 愛知県の大学で4年生だった1994年、バイク事故で脊髄を損傷し、下半身不随になった。それまで野球や水泳、柔道などさまざまなスポーツを楽しんでいた宇城選手。芳子さんは、「落ち込む長男をただただ励ました」と振り返る。

 転機は病院で手にしたボディービル雑誌。車いすパワーリフターが健常者と遜色なく戦う姿に励まされていたという。競技を始め、前向きさが戻った。04年のアテネパラで8位入賞、12年のロンドンパラで7位入賞。けがを乗り越えた今年1月、全日本選手権男子72キロ級で176キロの日本新記録を出した。

 東京パラの代表入りは、7月12日の追加発表で決まった。8月、父守さん(74)へ電話で伝えた目標は入賞の「8位以内」。芳子さんは「左肘の調子はどうなのか。6月にドバイの世界大会から帰国後、約2週間は新型コロナウイルス感染防止のため自宅待機となり、練習が滞ったとも聞いた」と気遣い、「出場できるだけでうれしい。力を出してくれればいい」と話す。

 地元の関係者も喜ぶ。宇城選手が小学6年時の担任で、少年野球チームでも指導した美濃正明さん(62)は「初出場のアテネパラ後、『競技を続けて有名になり、パワーリフティングやパラの知名度を高めたい』と話してくれたのを特に覚えている」という。「本当に日本のトップ選手として活躍してきた。努力をたたえたい」。中川原町連合町内会は県道交差点に応援看板を掲げ、役員の太田知二さん(70)は「コロナ禍で壮行会ができなかった。気持ちを届けたい」と話す。

 パワーリフティング男子72キロ級は、28日午前11時から予定されている。(吉田みなみ)

【特集ページ】東京パラリンピック2020

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