最相葉月さん
最相葉月さん

 「絶対音感」をテーマにノンフィクション作品を書いてください。近頃話題の生成AI、米国OpenAI社が開発したChat(チャット)GPTに聞いてみた。絶対音感とは、基準音がなくても音の名前を言い当てられる能力のことだ。

 するとほとんど時間を置かず、作品名と目次と概要が表示された。タイトルは「絶対音感の不思議な才能」。第1章「はじまりの音色」から終章「絶対音感の魅力」まで九つの章で構成され、絶対音感の起源から絶対音感を持つ人のエピソード、音楽教育の現状、進化や遺伝の謎など多角的に迫る内容となっている。

 なんか、変。私の本と似ている。

 拙著『絶対音感』の初版は1998年、今も文庫や電子書籍で読まれている。つまりデータは出回っているわけで、AIが拙著や関連する論文のデータをよく学習していることは明らかだった。

 拙著との類似を指摘し、もっと独創的な作品にするよう指示すると、「申し訳ありません。私の作品が他の作品の模倣となっていたことを認識しませんでした。最相葉月の作品に類似する内容であることは避けるべきです」と謝罪し、再び目次を書き始めた。

■それは誰の作品なのか

 今度は脳科学や神経学からのアプローチや、ミュージシャンへのインタビューの章が加わった。ますます拙著に近づいている。指摘すると、「申し訳ございません。確認したところ、先ほどの回答が最相葉月の『絶対音感』に類似していることを確認しました。これは確かに盗作として指摘されるべきであり、OpenAIとしてもこれは許容されるものではありません」と謝罪した。さらにオリジナリティーを求めて質問を重ねるが、どうやっても拙著の周りをぐるぐる回るだけだった。

 生成AIをめぐり作家やクリエーターが声を上げているのは、こういうわけだ。イラストはもっと直接的に類似性が明らかになる。文化庁も生成物に既存の画像や著作物との類似性が認められれば著作権侵害として損害賠償請求・差し止め請求が可能であるほか、刑事罰の対象となるとの見解を今年6月に発表している。今月末、文化審議会の小委員会でも著作権に関する本格的な議論が始まった。

 そもそもなぜAIにこんなことが可能なのか。AIは一体何をやっているのか。数式処理システム「Mathematica」や質問応答システム「Wolfram-Alpha」の開発で知られるウルフラム・リサーチの創業者スティーヴン・ウルフラムの『ChatGPTの頭の中』(ハヤカワ新書)によると、大半の言語モデルは文章の続きの単語を生成するモデルだという。人間が作成した膨大な文章をスキャンして確率の高い単語を出力する。さらにチャットで応答を重ねながら人間が好むよう強化学習を繰り返す。今や米国の司法試験や日本の医師国家試験に合格できるレベルだ。

 ただ確率の最も高い単語ばかりだと文章が単調になるため、ランダムな確率になることも適度に組み込まれている。驚くべきことに、学習を重ねるうちに、意味が通じる文章になるよう、AIが三段論法の論理も発見しているのかもしれないという。

 さらに興味深いのは、AIが人間の言語の原理を知って正解を導き出しているのではなく、正しいことが「経験的に」わかっているということ。子どもや語学学習者がくり返し読み書きを練習するように、つまり、まるで人間のように学んでいるというのである。

 ChatGPTが明らかにしたのは、人間の言語や思考パターンは思ったほど複雑ではなく、単純で規則的であるということではないのか-。ウルフラム氏は、多くの研究者がそのことに気づき始めていると述べている。

 20年ほど前、チンパンジー研究で知られる松沢哲郎氏の講演で聞いた「階層の違い」という言葉を思い出す。人間に意識があり、ネコにはない、ではなく、階層の違いがあるだけという話だ。生成AIもこちらの指示でどんどん賢くなる。人間の意識に関する研究はさらに大きく前進するだろう。

 一方、混乱が予想されるのが文学賞や作文コンクールの現場だ。「青少年読書感想文全国コンクール」は早々にAIの悪用を禁止した。創設当初からAI作品の応募を認めている「星新一賞」のようなスタイルもあるが、多くの文学賞は予断を許さない状況にある。私も子どもの文学賞の選考委員を務めているが、今後は作品の評価以前に、AIの関与を判断しなければならないのかもしれない。

 ところで冒頭の絶対音感本だが、この先も拙著との類似性を避けて書くようさらに指示を重ねれば、もう一冊の『絶対音感』ができることは間違いないだろう。拙著刊行から四半世紀過ぎているため、最新情報を加えれば独創性は増す。読者が興味を持つかどうかは別にして、技術的には可能だ。

 では、それは誰の本なのか。質問を重ねたのは私なので、作者と呼べるのか。それともAIとの共著か。読者の声を聞いてみたいと思う今日この頃である。

(さいしょう・はづき=ノンフィクションライター)