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第2部 都市のモザイク

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 奄美群島のひとつ、徳之島。中心部に近い井之川地区では毎年お盆過ぎに「夏目踊り」が盛大に繰り広げられる。男女が輪になり、太鼓、手拍子、指笛に歌声が重なる。神戸に移り住んだ出身者たちも、この踊りで絆を深めている。

【動画】油そうめん

 奄美群島出身の人たちが集まると郷土料理を囲む。中でも、豚肉とキャベツ、ニンジン、青ネギを油とだしで炒め、固めにゆでたそうめんと絡めた「油そうめん」は定番だ。

【4】ガジュマル アマミンチュ集う、夏の正月
夏目踊りが始まる。1人、また1人と輪に加わり、笑顔が広がる=神戸市長田区若松町3、神戸奄美会館(撮影・大山伸一郎)
夏目踊りが始まる。1人、また1人と輪に加わり、笑顔が広がる=神戸市長田区若松町3、神戸奄美会館(撮影・大山伸一郎)

 神戸からおよそ千キロ。徳之島(鹿児島県)から海を渡り伝わった南の調べが響き渡る。

 JR新長田駅前の神戸奄美会館。男女30人が輪になり踊る。太鼓、手拍子、指笛に歌声が重なる。徐々にテンポが上がる。盛り上がりが最高潮に達した瞬間、踊りはふいに終わる。そして、また始めから。

 徳之島・神之嶺(かみのみね)小学校区の出身で、神戸に移り住んだ人たちでつくる「神戸神校(しんこう)会」。毎月、この「夏目(なつめ)踊り」で絆を深める。島ではお盆すぎに祭りがあり、朝まで踊りに酔いしれる。

 「ネグリャーティチ」

 中学2年で神戸に移り住んだ豊永文一さん(68)が言った。「島の言葉でな、大きく広がっても根っこは一つ、いう意味や」

 神戸に来た時期や理由は異なる。でも、踊りは故郷と人々とをつなぐ糸。母校の校庭で枝を広げるガジュマルの下にいるように、一つになれる。

鹿児島県の無形民俗文化財
関西奄美会の創立100年を祝う記念式典。徳之島からの訪問団と、神戸神校会が一つになり、夏目踊りを踊った=尼崎市昭和通2、あましんアルカイックホール
関西奄美会の創立100年を祝う記念式典。徳之島からの訪問団と、神戸神校会が一つになり、夏目踊りを踊った=尼崎市昭和通2、あましんアルカイックホール

 真夏なのに、正月踊り。夏目踊りの別称だ。

 奄美群島の一つ、徳之島。中心部に近い井之川(いのかわ)地区では、毎年お盆すぎに、この踊りが盛大に繰り広げられる。五穀豊穣(ほうじょう)を願い、地区の家々を回り、夜を徹して踊り、歌う。その後、人々は一つ年を重ねる。「夏の正月」と言われるゆえんだ。

 鹿児島県の無形民俗文化財に指定された真夏の舞。神戸ではアマミンチュ(奄美人)を一つにする役割を担う。

 「みんな名字では呼ばないわ。他人行儀でしょ。男の人でも、正さんとか、文ちゃんとか、下の名前で呼び合うの」

 16歳で神戸に来た徳丸里恵子さん(68)が、神戸神校会の雰囲気を教えてくれた。「神校」は徳之島町立神之嶺(かみのみね)小学校の略で、約450人の会員の大半が卒業生だ。

 島はサトウキビで有名だが、働き口が足りない。明治以降、阪神工業地帯の存在を背景に、造船や製鉄の職を求めて多くの人が神戸・阪神間にやって来た。徳之島から神戸港中突堤まで貨客船「波之上丸」などで40時間。親類がたどった道筋を頼りに、職を手にした。

 故郷はいとおしく、離れて暮らす人々は、移り住んだ先で集う。顔を合わせれば、夏目踊り。幼いころに踊った記憶と、決して平たんではなかった歩みが、人の縁を紡ぐ。

私は奄美人。シマクンジョよ
月に1度の神戸神校会の集い。郷土料理に舌鼓を打つ=神戸市長田区若松町3、神戸奄美会館
月に1度の神戸神校会の集い。郷土料理に舌鼓を打つ=神戸市長田区若松町3、神戸奄美会館

 「体がリズムを覚えとる。体が勝手に動くんよ」

 神戸市兵庫区に住む清(きよし)文子さん(87)が、すっと輪に加わった。

 4月15日、神戸の中華料理店。徳之島からの訪問団を迎え、神戸神校会が開いた歓迎会は、熱気であふれていた。

 清さんが島を離れたのは、太平洋戦争中の1944(昭和19)年8月。14歳だった。沖縄に米軍が迫る中、兄や姉が住む神戸に向かう。

 「『とにかく生きて』。そう言われて、親と水杯を交わしてね。怖いというより、『おなかすいた』いうのが先やった」

 船と汽車を乗り継ぎ、神戸に着いた。須磨区にあった社員寮で、給仕として住み込みで働いた。奄美や朝鮮半島の出身者が多くいた。

 翌年3月、神戸大空襲。寮に焼夷(しょうい)弾が落ち、焼け出された。別棟にいた同僚が犠牲になった。

 終戦後、いったん島に戻ったが、食べていけず、再び神戸へ。企業の事務やスナック経営で身を立てた。阪神・淡路大震災では自宅が全壊。奄美群島・加計呂麻(かけろま)島出身の夫信雄さんは他界し、1人で暮らす。

 「シマクンジョ(島根性)よ。無我夢中でやってきた」。太鼓の音が速まり、踊りが激しさを増す。

 「私は奄美人であり、神戸市民。このことを忘れないで、100歳まで生きるんよ」。清さんは人懐っこく笑った。

 4月16日、尼崎で開かれた「関西奄美会創立100年」の記念式典。神戸神校会は、徳之島の人たちと夏目踊りを披露した。島で暮らす町田進さん(69)は「神戸のみんなと一つになれた」と汗をぬぐった。

「花の徳之島」に愛情込め
神戸まつりに参加した奄美群島出身者ら。今や常連だ=神戸市中央区
神戸まつりに参加した奄美群島出身者ら。今や常連だ=神戸市中央区

 5月、神戸神校会は他の奄美群島出身者と神戸まつりに出場した。「花の徳之島」の曲に乗せ、約140人でフラワーロードを踊り歩いた。

 踊り終わると、神戸奄美会館(神戸市長田区)へ。郷土の料理を囲んで、ビールが進む。

 豚足を煮込んだ「足くんば」、氷が入った「小豆がゆ」。「油そうめん」も定番だ。豚肉とキャベツ、ニンジン、青ネギを油とだしで炒め、硬めにゆでたそうめんを絡める。

 「島のアマ(母)を思い出すなぁ」。神戸神校会長の徳久正さん(63)が相好を崩す。

 2世、3世の参加が少ないこの会では、高齢化が悩みの種だ。「このつながりを、若い世代にも受け継いでほしい」。徳久さんは願う。

 島の人を育み、島の人が育てた夏目踊り。懐かしの学びやで、ガジュマルは根を張り、大きく枝を広げている。その根元にある見えない伏流水。神戸にも流れている。「島への愛情」という名の。(記事・上田勇紀 写真・藤家 武、大山伸一郎、風斗雅博)

【徳之島】
神戸新聞NEXT
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 鹿児島県の徳之島、伊仙、天城の3町からなり、人口約2万4千人。サトウキビやジャガイモ、タンカンの栽培や、闘牛で知られる。奄美大島や沖永良部島、与論島などからなる奄美群島の一つ。他の島々と同じく関西への移住者が多く、神之嶺小学校のような校区、地区単位での郷土会活動が盛ん。関西奄美会によると、2世、3世を含めて関西に奄美群島出身者は約30万人いる。

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