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第2部 都市のモザイク

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神戸・北野の街を歩けば、そこかしこで根を張るオリーブがある。かつてここには国策で造営された「神戸阿利襪(オリーブ)園」があった。湊川神社には日本最古のオリーブ。みどりの記憶は時代をつなぎ、人をつなぐ。

【10】楠公さんのオリーブ 港町 根を張る 平和の樹
湊川神社のオリーブは虫害で足場を組んで治療中。満身創痍(そうい)でも今年も実を付けた=神戸市中央区多聞通3(撮影・大山伸一郎)
湊川神社のオリーブは虫害で足場を組んで治療中。満身創痍(そうい)でも今年も実を付けた=神戸市中央区多聞通3(撮影・大山伸一郎)

 湊川神社というよりも、「楠公(なんこう)さん」と呼ぶ方が、神戸人ならしっくりくる。

 JR神戸駅から徒歩5分で、社叢(しゃそう)の緑がお出迎え。忠臣・楠木正成公をまつるだけに、県樹でもあるクスノキが遠目にも映える。

 門をくぐり、すぐ左手を眺めると、1本の古木が。しゅっとした葉は…そう、オリーブだ。でもオリーブといえば小豆島。いや、地中海地域原産の木がなぜ、尊王攘夷(じょうい)思想のよりどころたる楠公崇敬の地に?

 「開港場の神戸ですね、奈良や京都とはちょっと違う」と垣田宗彦宮司(60)。1872(明治5)年創建の神社は、電灯をいち早くともし、境内を芝居小屋や水族館に貸す、ハイカラな遊興空間でもあった。

 オリーブの記録は残っていないが、樹齢140年、日本最古という。根も葉もない説ではない。神戸にはオリーブ園が明治の初めにあった。忘れられた歴史を呼び起こす貴重な生き証人だ。

今も鮮明、32年前の驚き
1889(明治22)年ごろ、錨山(いかりやま)から撮影された神戸市街。オリーブ園があったのは左下の区画で、植栽が見える(神戸市文書館提供、アーサー・トムセン氏所蔵)
1889(明治22)年ごろ、錨山(いかりやま)から撮影された神戸市街。オリーブ園があったのは左下の区画で、植栽が見える(神戸市文書館提供、アーサー・トムセン氏所蔵)

 「神戸阿利襪園」。古い園芸書の文字が目に飛び込んできた。

 「阿利襪をオリーブと読むことも知らないし、それが神戸にあったとは。すごく興味が湧いた」。今から32年前、神戸大で実験助手から助教授になり、初講義の準備をしていたときの驚きを、中西テツ・神戸大名誉教授(72)は鮮明に記憶する。

 とはいえ専門は果樹の遺伝解析。おまけにバブル時代の「イタメシ」ブームまで、日本人になじみのない存在だった。世紀が替わり、教え子が論文のテーマに選んだことから、幻のオリーブ園が姿を現し始めた。

 1879(明治12)年、殖産興業政策の下、神戸・山本通の約1町歩で試験栽培が始まる。前年のパリ万博の際、農政官僚の前田正名(まさな)が購入した苗木550本が植えられた。

 「貿易を考えると、神戸には港と居留地がある。雑居地の山本通周辺もまだ農村だった」と、中西さんは神戸選択の条件を指摘する。当時の地図の田畑の形と買い上げ地の図面を照合し、トアロード沿いの現在の「神戸北野ホテル」が跡地にあたることを突き止めた。

 近代園芸の祖・福羽逸人(ふくばはやと)の指導で82年には本邦初のオリーブ油製造に成功し、お雇い外国人ボアソナードが絶賛する品質だったことも判明。84年の収穫は10石(1500キログラム)に上り、奥平野浄水場裏手の官林にも1・5町歩を開拓していた。

 しかし一転、政府の財政難で払い下げが決まり、福羽は留学で去る。後を引き受けた前田も、2年ほどで官職に復帰。山本通の土地は91年に売却され、官林も市街地化で維持困難になる。1908年に神戸での事業が中止後、新たな試作地に選ばれ成功したのが小豆島(香川県)だ。

神戸マラソンの優勝者に冠
青い空、白い雲。風見鶏の館の前で緑に輝くオリーブ。明治末、人家の庭にも点々とオリーブがあったという=神戸市中央区北野町3
青い空、白い雲。風見鶏の館の前で緑に輝くオリーブ。明治末、人家の庭にも点々とオリーブがあったという=神戸市中央区北野町3

 それから1世紀。今、北野を歩くと再び、オリーブの苗木があちこちに植えられているのに気付く。

 「いろんな国や宗教の人が暮らす国際的な街。ミナトから来た平和の象徴のオリーブは、シンボルツリーにふさわしい」。市民団体「北野・山本地区をまもり、そだてる会」の浅木隆子会長は言う。

 4年前。オリーブ園の跡地に碑を建てたいと願う中西さんとの出会いがあった。「地元で応援しないと」と講演会が開かれると、史実に驚いた小豆島町と交流が生まれた。苗木の寄贈を受け、「風見鶏の館」前に植樹。年末には中西さんを顧問に、まちづくり団体「インターナショナルオリーブアカデミー神戸」(神戸北野美術館内)が発足した。

 3年前。神戸マラソンの優勝者にオリーブの冠を贈った。編み込んだのは「楠公さん」「風見鶏」に加え、「東遊園地」の木の枝だった。これは、阪神・淡路大震災の翌年にイタリアから贈られた木。復興支援への感謝を象徴的な木に込めた。

 2年前。神戸北野ホテルの15周年に合わせて、念願のモニュメントができた。植樹された木からは昨年、50個を初収穫した。「将来的に収量が確保できれば、料理に使いたい」と山口浩総支配人・総料理長(57)。「ストーリー性も料理に感動を与える大切な要素。もっと発信していかないと」と期待を込める。

ついえた明治の夢を復活
神戸阿利襪園跡のモニュメントが設置された神戸北野ホテル。3本のオリーブも移植された=神戸市中央区山本通3
神戸阿利襪園跡のモニュメントが設置された神戸北野ホテル。3本のオリーブも移植された=神戸市中央区山本通3

 そして今。オリーブ園の復活プロジェクトが動きだす。

 場所は、神戸市西区の押部谷果樹団地。年明けの2~3月に植え付けを予定する。道半ばでついえた明治の夢の復活であり、生産者の高齢化で荒れた土地の再生でもある。

 「オリーブはレガシー(遺産)」と中西さん。その物語に引かれた人たちが、まちを緑で彩る。10月21日のフェスタは今年で3回目を迎え、「神戸阿利襪園」せっけんが地元企業の渋谷油脂からお披露目予定だ。手作りの実の新漬けも名物に。北野らしく宗教色のない、ハロウィーン代わりの収穫祭でも欠かせない。

 楠公さんでも今年、初めての収穫がある。実(じつ)は、品種はいまだ不明。人工授粉では4~5グラムの大きな実をつけており、「神戸に適した品種の証明で、遺伝資源として見る必要もある」と、中西さんはDNA検査も検討する。一方で、神戸北野ホテルのオリーブに接ぎ木をし、“ホームリターン”も試みている。

 オリーブは1本だけでは実をつけない。異なる品種と交わってこそ、恵みをもたらす。それはちょうど、いろいろな人がいて、新しいものが生まれるまちを思わせる。

 阿利襪(オリーブ)。それは神戸の記憶。震災後に再び芽吹いた、希望のしるし。(記事・田中真治 写真・大山伸一郎)

【兵庫県のオリーブ】
神戸新聞NEXT
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 1873(明治6)年のウィーン万博帰途にイタリアから持ち帰られたオリーブのうち3本が県勧業の温帯植物試験場(兵庫県公館付近)で生育。こちらが湊川神社の古木の可能性もある。神戸阿利襪園由来の木は、前田正名の支援者・多木久米次郎の菩提寺宝蔵寺(加古川市)にも2本現存。近くの別府住吉神社にも1本移植されたが、16年前の建て替えで失われたという。武庫離宮(現須磨離宮公園)を造園した福羽逸人はオリーブも植栽。神戸・長田の二葉小学校跡にも古木がある。

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