連載・特集 連載・特集 プレミアムボックス

第2部 都市のモザイク

  • 印刷

 尼崎市の庄下川に復活した船だんじり。陸では貴布禰(きふね)神社の氏子が町の威信をかけて魂をぶつけあう。そこには「アマ」に残る漁師町気質があった。

【7】復活船だんじり 町の威信懸けぶつかる魂
阪神電車を背景に、庄下川に浮かぶ船だんじり。市民らが乗り込み、復活を喜んだ=尼崎市神田中通1(撮影・大森 武)
阪神電車を背景に、庄下川に浮かぶ船だんじり。市民らが乗り込み、復活を喜んだ=尼崎市神田中通1(撮影・大森 武)

 ホーム下を流れる川を、1艘(そう)の「船だんじり」がゆっくりと進む。

 阪神尼崎駅近くの庄下川。法被姿の男たちが長尺の竹を水面(みなも)に差す。都市に現れた見慣れぬ船に、駅から身を乗り出す人もいた。

 7月9日。尼崎青年会議所が、貴布禰(きふね)神社(兵庫県尼崎市西本町6)の氏子町「中在家(なかざいけ)」の協力を得て、一日限りで復活させた。

 江戸期、辺りは国内有数の漁師町だった。神社の夏季大祭では9艘の船だんじりが浮かび、大漁旗をはためかせて神輿(みこし)に従った。

 「今も、船だんじりの囃子(はやし)が聞き伝えで残っとるんです」。中在家総責任者の玉木利幸さん(37)の合図で、若い衆がかねと太鼓を打ち鳴らした。

 船だんじりは、昭和に入り、工業の発展などで姿を消す。代わって、激しくぶつけ合う「陸」のだんじりが、祭りの華となった。

 いざ、決戦の夏。

茶髪、金髪厳禁 他の町が恐れる町
だんじりの命綱を引き寄せる男たち=尼崎市西本町6
だんじりの命綱を引き寄せる男たち=尼崎市西本町6

 「打ちまーしょ! も一つせ! 祝(いお)うて三度!」

 男たちが叫び、手をたたく。独特の節回しによる「手打ち」を合図に、決戦が始まる。

 8月2日午後6時半。夏季大祭の本宮を迎えた貴布禰(きふね)神社(尼崎市)西側の道路に、8町のだんじりが勢ぞろいした。向かい合った2基が激しくぶつかり、一つの山を形作るさまは「山合わせ」と呼ばれる。

 「きょうが一年の終わりで、始まりですわ」。中在家総責任者の玉木利幸さん(37)が闘志を燃やす。

 角のように前に突き出した一対の「肩背棒」を勢いよく振り上げ、相手の上に乗せた方が勝ち。指相撲をイメージすれば、分かりやすい。各対戦は約15分の制限時間があり、その間に何度もぶつけ合う。くじで決められた取組表に沿って8町が16回戦まで戦い、3時間半続く。

 2回戦に登場したのは「中在家」と「西町」。屈指の強さを誇る両町の対決に、熱い視線が注がれる。

 中在家はかつて船を合わせ18基を持ち、300年の伝統を誇る最古参だ。「茶髪、金髪は厳禁」と規律を重んじ、戦い方も正攻法を貫く。前部を5メートル以上の高さまで一気に持ち上げ、相手に乗りかかる「投げ込み」は、他の町から恐れられる。

 一方の西町は、以前は「北出」に所属し、1991年に自前のだんじりを持ち独立した。歴史が浅い分、気風はおおらかだ。いったん相手に乗られた後、瞬時に後ろに下がって乗せ返す「抜き」が得意技。素早い動きで相手をかく乱する。

 「1年間、きょうのために生きてる。中在家との対戦は気合が入る。野球でいうと巨人みたいなもんや」。西町総責任者の宮谷内(みやうち)建次さん(37)は大きく息を吸い込んだ。

血の気の多いアマの気質
漁師町を今に伝える「尼崎枡千」の天ぷら=尼崎市神田中通4
漁師町を今に伝える「尼崎枡千」の天ぷら=尼崎市神田中通4

 祭りを支えるのは女性だ。各町をだんじりが巡り翌日からの祭りを告げる7月31日の「町内廻(まわ)り」に始まり、宵宮、本宮と3日間の長丁場。中在家は中正会(ちゅうせいかい)中在家浜戎(はまえびす)会館で休憩する。名物は100人分の特製ビーフカレー。中島順子さん(55)は「ええ気持ちで山合わせに行けるよう盛り立てたい」と機敏に動く。

 西町は北竹谷連合福祉会館に集まり、子どもたちも一緒になって料理を作る。山合わせの前に出す5キロ分のトンカツが定番だ。「けがのないようにね。でも、やるからには勝ってもらわんと。負けて帰ってきたら『何やっとん』と叱るわ」。末村直美さん(53)が豪快に笑う。

 山合わせの起源は、各町が宮入りの順番を競ったとも、狭い道をどちらが譲るかを争ったとも。昭和40年代以降、「けんか」にもルールが設けられる。今は、各町に順位は付けず、宮入りにも影響しない。

 「漁師町で血の気の多いアマの気質が、全国でも珍しいぶつけ合いを生んだんでしょうな」。江田政亮(まさすけ)宮司(48)の見立てだ。

 商店街も活気づく。江戸後期、安政年間創業のかまぼこ・天ぷら店「尼崎枡千(ますせん)」。取締役の尾上貴之さん(41)は「祭りの日は、よう出ますわ」とえびす顔だ。

 漁師町ゆえ、尼崎にはかまぼこ店が約20軒あったと伝わるが、大半が姿を消した。枡千は今も早朝から職人が手作りし、キクラゲ入りの白天やさんしょう天が人気を集める。

正攻法で攻めた西町が勝った
西町(左)と中在家の山合わせ。西町が肩背棒を中在家に乗せ、沿道が沸く=尼崎市汐町
西町(左)と中在家の山合わせ。西町が肩背棒を中在家に乗せ、沿道が沸く=尼崎市汐町

 山合わせが始まった。

 北から西町が、南から中在家が近づく。重さ2~4トンのだんじりが後ろのコマを支えに立ち上がり、もみ合う。かねと太鼓が激しく打ち鳴らされ、怒号が飛び交う。命懸けで操る男たち。メリメリと木がきしむ音も聞こえる。がっぷり四つだ。

 担ぎ手が肩背棒の命綱を下から引っ張り、押さえ込みにかかる。次の瞬間、双方のだんじりが地面に落ちた。西町が2本の肩背棒を素早く持ち上げ、中在家の上に乗せた。

 「抜き」を封印し、正攻法で攻めた西町の勝ち。今年は引き分けを挟んで3勝と圧倒した。

 「突っ込みながら早く上げようとする作戦がはまった」。喜びをかみしめる宮谷内さん。玉木さんは「うち本来の山合わせじゃなかった」と悔しさをにじませた。

 「手打ち」で対戦を締め、2人はがっちりと握手を交わした。

 「強いだんじり、見せたるで」。町の威信を懸けた戦い。男たちの一年は、この日からまた始まる。すべては山合わせの瞬間のために。(記事・上田勇紀 写真・吉田敦史、大山伸一郎)

【尼崎城】
神戸新聞NEXT
神戸新聞NEXT

 江戸初期、尼崎藩主の戸田氏鉄(うじかね)が、現在の阪神尼崎駅の南東に築いたとされる。海が近いことから「琴浦城」の名で親しまれた。1873(明治6)年の廃城令で取り壊されたが、尼崎市で創業した家電量販店ミドリ電化(現エディオン)の創業者が2015年、私財を投じて天守閣を復元した上で、市に寄贈を打診。築城400年にあたる18年秋ごろに完成予定。完成後は市が管理する。

天気(9月21日)

  • 28℃
  • ---℃
  • 0%

  • 25℃
  • ---℃
  • 10%

  • 28℃
  • ---℃
  • 0%

  • 29℃
  • ---℃
  • 0%

お知らせ