連載・特集 連載・特集 プレミアムボックス

(8)外国人 死亡の記憶だけが残った
  • 印刷
「不詳」の字句が並ぶ死体検案書の写し
拡大

「不詳」の字句が並ぶ死体検案書の写し

「不詳」の字句が並ぶ死体検案書の写し

「不詳」の字句が並ぶ死体検案書の写し

 震災で火災に襲われ、多くの民家が焼失した神戸市兵庫区中道通六丁目。この町のアパートでも、身元不明の焼骨が一人分見つかった。

 同区下沢通の不動産業者を訪ねた。経営者の中道節子さん(68)と、アパートの家主だった来住(きし)敬子さん(71)に、一枚の死体検案書を見せた。氏名も性別も「不詳」との記載を見て、二人が同時に声を上げた。「何が不詳や。あの兄ちゃんやんか」

 来住さんが「そうそう、サイさん」と、姓だけを思い出した。

 市内の身元不明者九人のうち、同市長田区水笠通の二人に続く、「三人目」の該当者が分かるかもしれない-。

    ◆

 「ええ子やから入居させたって」。震災の一年前、飲食店に勤めているという高齢の女性が中道さんの店に現れた。淡い紫のダブルのスーツを着た男性を連れていた。

 そのサイさんは「スナックでアルバイトしている」と片言の日本語で話した。中国籍。三十代に見えた。女性は日本人で保証人の欄に署名した。入居の手続きはあっさり終わった。

 サイさんは毎日、夕方から仕事に出掛けた。約一万五千円の家賃は、毎月きちんと中道さんの店に払いに来たという。

 三世帯が住むアパートは地震で倒壊し、全焼した。二階部屋だった運転手赤井一昌さん(51)は窓から逃げ出し、助かった。真下のサイさんの部屋は押し潰(つぶ)され、中からは声もしなかった。サイさんの隣室では住民の女性の声がした。しかし、助けられなかった。

 「下の部屋の男の人も、生きてへんやろ」と赤井さん。当時、何度も事情聴取に来た警察官にもそう伝えた。

 中道さんは、保証人の女性にサイさんの敷金を返そうとした。当時、健在だった夫が、女性宅を訪ねたが、震災で亡くなっていたという。店には「敷金を返して」と、住人が殺到していた。「助かったのに、敷金を取りに来ん人はおらん」

 来住さんも、中道さんも、サイさんと、その隣室の女性は震災で亡くなったと認識している。

 「女性の身元ははっきりしてて、遺族もいたし。身元不明の骨があるんなら、サイさん以外に考えられへんなぁ」

    ◆

 地震の瞬間、サイさんがアパートにいたのかどうか、ついに確証は得られなかった。生存の可能性も否定できない。もし死亡していたとしても、異国でひとり暮らす彼の死亡届を誰かが出したとは思えない。

 外国人の男性がひっそりと死亡したという記憶をとどめる人が、この町にいる。その事実だけははっきりしている。

2004/6/7
 

天気(9月6日)

  • 33℃
  • ---℃
  • 10%

  • 35℃
  • ---℃
  • 10%

  • 35℃
  • ---℃
  • 0%

  • 36℃
  • ---℃
  • 10%

お知らせ