連載・特集 連載・特集 プレミアムボックス

震災10年 守れ いのちを 第3部 史上最大の派遣

(2)事後了承 あやふやな「要請」時刻
  • 印刷

 兵庫県姫路市北部に、陸上自衛隊第三特科連隊の本部がある。車で十分ほどの官舎で、当時の林政夫連隊長(56)=現・高知県消防防災指導監=は、揺れが収まるとテレビをつけた。「神戸で震度6」。前年十月の北海道東方沖地震が頭をかすめた。釧路市で震度6、死者はゼロ。「神戸は近代的な都市だ。被害はそう大きくないはず」

 陸自の各部隊には、災害時の担当区域がある。約七百人を擁する第三特科連隊の担当は、阪神・三田の七市一町を除く兵庫県全域。政令指定都市の神戸を抱える。

 隊員が市町に電話をかけ続けたが、神戸市周辺がつながらない。午前六時四十分ごろ、異変を決定づける情報が姫路署から入った。「阪急伊丹駅と兵庫署が倒壊」。林連隊長は午前七時半、出動の準備命令を出した。「九時半をめどに出発する」

 直前の午前七時十四分。八尾市の陸自中部方面航空隊からは、被災地上空を初めて飛ぶことになる小型ヘリコプターが離陸した。

 命令は「神戸経由で淡路島を偵察せよ」。パイロットだった木崎徹一尉(53)は「災害派遣要請は出ていますか」と隊本部に確認した。「出ていない」。それは、飛行が「訓練」となることを意味する。市街地では、高度を三百メートルより下げられない。

 西宮で高速道路の橋げたが落下。神戸では五、六本の煙。淡路では倒壊家屋を確認できた。だが、帰路は火災の煙と霞(かすみ)で視界をさえぎられた。

 午前八時十分。第三特科連隊の担当者が兵庫県消防交通安全課にかけていた電話が、初めてつながった。受けたのは、当時の課長補佐だった。

 自衛隊「被害の状況は」

 県「つかめていない」

 貝原俊民知事(当時)の登庁は、この約十分後。自衛隊法八十三条で、知事の権限とされる「災害派遣要請」はまだ出なかった。

 電話を置いた担当者に、林連隊長の指示が飛んだ。「次の電話で『この連絡をもって要請を受けたこととする』と言え」

 しかし、電話はつながらず、午前十時ごろ、当時の清水祥人副連隊長(60)と隊員一人がヘリで県庁へ向かった。約二十分で屋上に到着し、施錠されたドアをこじ開け、階段を駆け降りた。

 自衛隊出動のゴーサインとなる県の「災害派遣要請」。あらゆる公式文書が「十七日午前十時」とするが、実際には、確たる時刻はない。

 林さんの記憶では、県庁に二度目の電話がつながったのは「午前十時十五分ごろ」。担当者からその報告を受けた後、上級部隊に災害派遣要請の時刻をどう報告するか問われ、「十時にする」と答えたという。

 電話の内容も、県の積極的な要請ではない。

 自衛隊「この連絡をもって、災害派遣要請としてよろしいか」

 県「お願いします」

 知事は事後了承だった。県と陸自との間で派遣要請の文書が交わされるのは、さらにこの十一日後のことだ。

 県との電話がつながったころ、神戸を目指す第三特科連隊の車列約六十台は、パトカーの先導で駐屯地の門を次々にくぐっていた。

 「頑張れよ」。トラックの上の隊員に、林連隊長らが声を掛けた。悲壮感はなかった。「二、三日で帰ってくるような感じだった」。隊員はまだ、被災地の惨状を本当には知らなかった。

2004/9/5

天気(11月30日)

  • 15℃
  • 8℃
  • 10%

  • 12℃
  • 6℃
  • 30%

  • 15℃
  • 8℃
  • 0%

  • 15℃
  • 6℃
  • 10%

お知らせ