横倒しになったビル。全体がひしゃげ、そこからこぼれた建材が積み重なり、ちぎれたパイプが口を開ける。がれきの向こうには、取り残された煙突がぽつんと立つ。
「JR新長田駅の周りでは一番ひどい情景でした」。震災から約三カ月後、吉見敏治さんは地面に座り込んでこの風景を写生した。「人が困っとるところをなんでかくねん」と詰め寄ってくる人も。だが「私も被災者。記録にとどめたい」と話すと分かってくれた。
それから十年。吉見さんは「復興できたのか」と首をかしげる。「高層ビルが建ち、きれいになったけど、別の町に来たみたいですな。下町情緒も感じられない。震災前に住んでた人はみんな帰って来れたのかな」
あの悲惨さを忘れてはいけないと、吉見さんはあらためて思っている。
当時、仮住居と長田区役所、知人のいる避難所を往復しながら、この情景だけは、どうしても描き残しておかねばと思っていた。
矢先、東京の友人が紙を大量に送ってくれた。倒壊した自宅の後片付けもそこそこに現場に向かう。
切迫感漂うなか、写生地では何物かに突き動かされるように筆を走らせていた。もしや亡くなられた人たちとの魂の交流がそうさせたのかもしれない。今思うと、あの時知らず知らずのうちに、自らも癒やされていたようである。
メモ
よしみ・としはる
1931年神戸市生まれ。自由美術協会、日本美術会会員。東京展賞など。1998年に画集「こうべ壊滅」を出版。神戸市長田区在住。