震度6の揺れが兵庫県沿岸部を襲う。下から突き上げる直下型ではなく、横に激しく揺さぶられる長周期地震動だ。木造家屋は阪神・淡路大震災と違い、崩れ落ちずに傾く。柱や屋根の隙間を秒速8メートルの強風が吹き抜け、炎を運ぶ。百数十カ所から火の手が上がり、県内で1万9千棟が焼け落ちる
午後6時すぎ。神戸市兵庫区北部の夢野地区。六甲山系の斜面に古い家が肩を寄せ合い、階段や行き止まりの私道が縦横に走る。
夕げの時間。散乱した家具や書類にコンロやストーブの火が引火する。隣にもたれかかった家が幅2メートルの路地をふさぐ。
「震度6は火災には最も危険な揺れだ。震度7だと家屋はぺしゃんこになり、延焼を防ぐ『破壊消防』の役割を果たす。震度6では完全につぶれず、隙間が多く、炎を運ぶ風の通り道ができる」と室崎益輝・関西学院大教授(防災計画学)。
神戸市は、夢野地区を灘山麓、長田南部、東垂水とともに、大火の恐れがある「密集市街地」に指定。老朽住宅の共同建て替えや消防車が活動できる道路の拡幅を急ぐ。だが、夢野西まちづくり協議会の山平(やまひら)幸男会長(82)は「思うように進んでいない」と打ち明ける。
18年前は長田、兵庫区の下町で大火災が発生。夢野地区にも火の粉が飛んできた。「あの火災が再び起きると想像できる住民がいるだろうか」
震度6は瀬戸内沿岸の広い範囲に及ぶ。尼崎、西宮、明石、加古川、姫路…。同時多発火災に、消防力は追いつかない。
午後6時すぎ。神戸市消防局の119番が一斉に鳴る。市内全域の数十カ所で火災が発生。118ある回線はふさがり、瞬く間に消防力の限界を超える。1時間後、各地で消火活動に当たっていた隊員に無線指令が届く。「津波の浸水想定区域外に退避せよ」
神戸市中央区、危機管理センター。住谷昌利消防司令は18年前の混乱を思い出していた。
あの朝、50カ所以上で火災が発生。初日だけで109カ所から火の手が上がった。
当時は原則通り、火災1カ所につき中隊30人(ポンプ車4台、救助車2台など)で対応。だが、すぐに車両が足りなくなった。このため、大災害時は1カ所につき出動は1小隊4人(ポンプ車1台)と改めた。手付かずの現場をなくすためだ。今は80カ所の火災に対応できる体制を組む。
火災は通常、4方向から放水し、早期鎮圧を目指す。だが、大規模災害時は風下からの1方向に絞り、延焼を防ぐ。「阪神・淡路の長田のような街区火災を最も恐れている」と住谷消防司令。
だが、津波浸水エリアでの消火活動は1時間に限られる。消防車両が浸水し、使えなくなるのを防ぐためだ。
退避指令の23分後、神戸沿岸部を第1波が襲う。最大4メートルの津波は防潮堤を越え、発火した数百台の自動車や家屋とともに市街地になだれ込む。
東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市のように、大量の燃えたがれきが運ばれる津波境界線に「火災の帯」ができるかもしれない。神戸東部では国道43号と同2号の間辺りだ。「ここが消防の主戦場になる。北部への延焼は絶対に食い止める」。住谷消防司令がつぶやく。(木村信行)
2013/1/20