午後7時、神戸。ポートアイランドから飛び立った兵庫県の防災ヘリが上空を旋回するが、「1千万ドルの夜景」は停電で明かりが消え、被害の全体像は分からない。闇の中、紀淡海峡を抜けた津波は電車並みのスピード(秒速30メートル)で神戸港に迫っている。高さは4メートル超
神戸市兵庫区・和田岬。沿岸に三菱重工業などの工場群があり、その北西に6419人が暮らす。運河に囲まれた地区の多くは海抜ゼロメートルだ。
地震発生から1時間23分。静かに水位を増した津波は高さ7メートルの高潮防潮堤に激突。行き場を失って左右に分かれ、狭い運河になだれ込む。堤防を越えた波は、四方から住民の逃げ道をふさぐ。
校舎から海が見える吉田中学校(生徒約200人)。高さ2・5メートルの防潮堤は老朽化が進み、セメントがはく落している。「現状では、何も期待できない」と田中茂孝校長。
4階建て校舎の屋上は高さ11メートル。指定避難所のホームズスタジアム神戸は北へ300メートル。どちらを選ぶか。
「当然、スタジアムを目指す。だが、情報収集と生徒や避難経路の安全確認に30分。そこから避難開始となる」。時間の余裕はない。
「和田岬は浸水から数分で水没する。全員がすぐにスタジアムに逃げないと助からない」。和田岬校区防災福祉コミュニティの天神山(てんじんやま)広志さん(57)の危機感は強い。
20年前、出張先の北海道で、奥尻島を壊滅させた北海道南西沖地震に遭遇した。海岸沿いの道路でうずくまっていたが、「津波が来るぞ!」という住民の叫び声で高台に逃げ、九死に一生を得た。恐怖感は今も体に残る。
3万人収容のホームズスタジアム神戸は地区で最も高い海抜3・7メートル。住民や工場で働く数千人以上が目指す。
地区にはマンションも多いが「周囲で火災が起きたら逃げられない」と天神山さん。流された大量の車が発火すれば、周囲は火の海になる。
市域の4割が海抜ゼロメートル地帯の尼崎市。海岸線を守る防潮堤の高さは4~7メートル。そこへ5メートルの津波が襲う
護岸から内陸へ約5キロの西大島地区。昨年、宮城県気仙沼市を視察した地区防災会の藤原軍次さん(67)は住民の説明に肝を冷やした。
「川を遡上(そじょう)した津波の2波、3波が引き波と衝突して数十メートルの高さになり、堤防を破壊した」というのだ。
古い木造家屋が密集する地区は武庫川の東岸に張り付く。1600世帯、約4500人。堤防が決壊すれば海と川から津波に挟まれる。
「ここは高台がない。マンションと学校だけが頼りだ」と藤原さん。
地区のマンション所有者と交渉を重ね、7カ所を避難ビルに指定した。それでも避難面積は住民の約半分、2千人分しかない。
浮力で流された車は、民家や電柱を破壊しながら阪神、国道2号、JRを越え、山手の阪急沿線に迫る。「尼崎市民全員の『45万人大移動』もあり得る」と市防災対策課の大石照男課長補佐。
西宮市は「JRより北へ」を合言葉に、避難意識の徹底を図る。県西部の沿岸も3メートルの津波が襲い、播磨町は2割が浸水。けが人を搬送し、救援物資を輸送するはずの幹線道路は使えなくなる。(木村信行)
2013/1/21